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この記事に関するmixiの「みんなのつぶやき」とか拝見してると、
自分ができた問題までは
「これくらいは社会に出たとき必要」「常識」という認識で、
自分ができなかった問題については
「こんなのわかったって役に立たない」「使わない」
とおっしゃる方がけっこう多くて面白かったです。

この問題、解けますか?正解率73.1%「4×3-6÷2」

自分ももそんな傾向があるようで、

「義務教育までの数学は誰にでも必要な内容だけど、高校からの数学は進路や職業選択、大人になってからの生活の仕方によって必要度に個人差が出てくる。」

って認識なのは、中学までは数学得意だったのが高校でコケたからかもしれません。

(あっ、でも、ここに出てきた問題は全部解けましたよ。と、わざわざ記しておきます。)

これは個人の意見にしても漠然とした感覚的なものなので、もうちょっと考えてみると、

算数・数学には、「社会に出てから必要」な部分と、「論理的に考える力をつけていくのに適しているから学ぶ」部分があると思うので、

「小学校の算数については、学ぶ内容が社会に出たときに具体的に必要になるので、誰もが理解して定着するようにする。
中学校の数学については、論理的に考える経験が必要であるから、みんなきちんと学習して1度は理解しておく。」

くらいにじゃっかんの意見修正をしておきたいと思います。

中学の数学については、どんな職業につくかによっては大人になってから使わない場合も出てくるかと思いますが、筋道だてて考える練習ということの他、大人になって忘れてしまったとしても、もし必要な場面に遭遇したときに、1度理解しておいたものを思い出す方が、はじめて学ぶよりも容易だと思います。

ただ、数学に限らずどんな教科でも、どうしても得意・不得意に個人差はあるので、「誰でもここまでは必ずできるようになるべき」とまでは言えないです。
その教科が得意な人は得意な人なりに、苦手な人は苦手な人なりに、がんばれば理解できるところまで投げ出さずに努力することが、社会に出てから一番必要になる力なんじゃないかと思います。

そして、自分にはこれ以上理解できないことについては「不必要なこと」ではなくて、「社会の中で、得意な誰かが分担してくれていること」と考えるようにしたいと思います。
別のことでは、自分も「苦手な誰かのかわりに分担していること」があると思います。

……とか書くと、なんかすごい得意なことがあって大きく社会に貢献してますとか思ってる自信過剰な人だと思われそうな気がしてきたので(いや自信過剰なところはたしかにあるなんだけどそっち方面ではない)補足しますと、
別に人並み外れた素晴らしい能力があるわけでなくても、「ちょっとは得意かな?」くらいのことでも、ささやかにヨノナカに貢献できることはあるとか、そういうレベルの話です。
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