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先日、mixiのつぶやきネタで「中学校の思い出を教えて!」というのがあって、久しぶりに思い出したので書いておこう。

と、思っていたのですが、セイセキのしめきりとかツーチヒョーの提出期限とかでへろへろになっていたので、だいぶ間があいてしまいました。
以下、本文。

個人的な中学時代の思い出で最大のものといったら、いわゆる「いじめ」にあったことというか、むしろ腕力でいじめを解決してしまったことがあげられます。
雑な説明ですが、要約するとそうなってしまうかと思います。

中2のときのことでしたが、伏線は中1のとき。

中学校に入学してすぐ、違う小学校出身のKさんと友達になりました。
最初の学級活動の自己紹介で、双方ともマンガとかアニメとかが好き、ということを言ったのがきっかけで、すぐに仲良くなりました。

しばらくして、また別の小学校出身の友達が、ワタクシが1人でいるときにそっと近寄ってきて、

「Kさんて、小学校のころからずっといじめにあってたんだって。仲良くしてたら、幾狭さんも巻き添えくうかもしれないよ。」

と、耳打ちしてきたのでした。
ワタクシは、なんとなく周囲の様子からKさんがかなり深刻な村八分状態であるらしいことは気づいていましたが、

「ふ~ん、そうなんだ。でも、別にKさん悪い人じゃないよ。」

とだけ答えています。

その後もKさんとは変わりなく仲良くしていましたが、Kさんについて耳打ちしてきた人をふくめ、他の友人たちも特にワタクシを避ける様子もなく、「巻き添えを食う」という状況にはなりませんでした。

こう書くと、なんかまるでワタクシは自分が加害者になることはない高潔な人物みたいに誤解されるおそれがあるので但し書きをしておくと、小学校のころにはワタクシも、いじめをしたことがあります。
(ついでに言うと自分が村八分になったこともありますが、次の日にはもう終わってるようなやつで、「小学校の思い出は?」と聞かれても、とりたててそれを思い出すことはないです。)
ただ、自分が気に入らない相手なら特に周囲からいじめられている人でなくても単独でいじめたし、気に入らない人がいじめにあってたら何も考えずに自分もいじめたし、気に入った相手なら村八分にされている人とも仲良くしてました。
要するに、協調性が無いというだけの話です。

それでも、中学校に入学するにあたって、それまでの自分の来し方を反省し

「もう中学生になるんだから、やたらに暴力をふるったり人を攻撃するようなことはやめよう。殴っていいのは相手が殴ってきたときだけ。」

という、今思えばツッコミどころ満載の自戒を、ノートにわざわざ書き記しています。
そして、今思えば感心なことに、その自戒をちゃんと守っていたのでした。

中2でクラス替えがあったとき、Kさんとワタクシは同じクラスになりました。中1のときに同級生だった女子で、新しいクラスでも一緒になった人は、他に1人もいませんでした。
当時も、もしかしたら意図的にそうなったんじゃないかなぁ、とはちらっと思っていましたが、自分が学級編成する立場になってみると、これは「もしかしたら」じゃなくて「確実に」そうだっただろうと思います。

始業式の日、Kさんは欠席でしたが、小学校のときの同級生と久しぶりに話したり、初対面の人と自己紹介しあったりして、ごく普通のスタートをきりました。

帰りの学活のとき、担任の先生が

「欠席したKさんにプリント届けてくれる人いないか?」

と尋ねたので、

「はい。Kさんとは友達なんで、家わかります。」

と手を挙げました。

Kさんにプリントを届けた帰り道、春休み中に捻挫して治りかけていた足首をさらにひどく捻挫してしまい、翌日は欠席しました。

再度登校して、始業式の日に友達になった生徒に「おはよう」とあいさつをしたら、その生徒が悲鳴をあげて逃げていきました。
周りの生徒も、ワタクシが来たことに気づくと、ざざ~っと遠ざかっていきました。
親しげに近寄ってアイサツしてきたのはKさんだけです。

そんなわけで、新学年登校2日目にして、ワタクシとKさんはクラスで孤立することになりました。

当初は単なる村八分で、無視とか大声で悪口を言うとかだけだったので、放置していました。
もともと同調性が希薄で、友達がいない状態をそれほど辛く感じる性質ではありませんでした。
こんなヤツらと友達になる必要性はない、こっちから切ってやる、くらいの鼻息でした。

余談ですが、実際自分がキョーインになってみて、そういう考え方をするチューガクセーはかなり珍しいことがわかりました。
今でも「どうしてそうまでして友達を求めるんだろう?」と、とても不思議な気持ちになります。
この共感する力の不足は、キョーインとしてけっこう重大な欠陥です。
ただ、今では「ヨノナカの人々の多くは自分と比べてずっと繊細で人との共感を求める存在なんだ」ということをアタマでは理解していて、より細やかにセイトと接することのできる同僚の意見を重視することにしています。

さて、無視・悪口の期間はけっこう長引きました。

こちらとしては、無視されたから無視し返しただけの話で、まあ向こうから手を出してくるまではこちらから手を出さないようにしよう(自戒参照)、くらいに思っていたわけなんですが、どうやらおとなしい生徒だと誤解されたようでした。

悪口は容姿に関するものはともかく、だいたいは見当はずれで、テスト前に教科書を読み返していたら
「勉強したからってバカが治るかよww」
みたいな悪口を虚空に向かって叫んでいる生徒達がいたときは、危うく吹きそうになりました。
成績とバカかどうかは別の話かもしれませんが、言っているタイミングから言えばそういう深読みは不要かと思われます。
当時、我々の中学校ではテストの順位が廊下に張り出されることはなく、得点通知表に自分の順位だけが書かれていたので、彼らはワタクシがどのくらいの成績か知らずに、自分たちより成績が悪いものと思い込んでいたようです。
ワタクシも自分の順位しか知りませんでしたが、彼らより成績が悪い可能性はゼロでした。

悪口程度では実害はそれほどないとはいえ、こちらにも虫の居所の悪いときはあります。
たまたまこちらのご機嫌が斜めのときに、近くを通った生徒が

「うわ~! 穢れる! 幾狭菌がつく!」

みたいなことを叫んだので、その生徒の机に行って持ち物に触りまくったことがありましたが、その生徒も他の生徒たちもなぜか驚愕のあまり凍りついてしまい、なにがしかの報復を受けることはありませんでした。

この時期、本当に腹が立ったできごとは1つだけ。陸上競技大会の参加種目で、女子の走り幅跳びの希望者が定員を大きくオーバーしたとき、希望者どうしの話し合いで決めることになり、ワタクシ以外の希望者全員の合意によって最初からワタクシが外されることが決まっていたことです。
1年と3年のときは走り幅跳びで出て、いずれもワタクシが優勝しており、ここで外されていなかったらよほどのことがないかぎり3年連続優勝だったと思います。

孤立という状況は、周囲の人々を観察するには絶好の機会です。

ワタクシは、周囲の人々よりひとつ上のステージに立って、自分を含むクラス全体を上から見下ろしていました。
そして、江戸幕府が士農工商の下に穢多・非人という身分を作り、ヒンドゥー教がカーストの下に不可触賤民を作り、被支配者の不満が上に向かないようにしたのと同じ原理が、学級と言う小規模な集団にもはたらいている、という感想をもちました。
後に、荒木飛呂彦の『魔少年ビーティー』の「僕は精神的貴族に属する」という名セリフを読んだときに激しく共感したものですが、ビーティーに共感できるというのもなかなか稀有な体験ではないかと思います。

いじめが収束しかかっていた時期に、首謀者のうち1人の女子から、

「幾狭さんには見下されているような気がしてる。」

と(例によって虚空に向かって)言われたことがありましたが、

「へえ、気付いてたんだ。」

と思ったものでございます。

ただ、ワタクシに見下されるような状態を作り出したのは彼ら・彼女らなので、「だからいじめたんだ」みたいな言い訳は、まったくもって後出しジャンケンです。

この状況のおかげで気づいたことは、他にもありました。

音楽の授業中に合唱コンクールのパート練習があり、クラスの男子にピアノを弾ける人がいなかったから先生は男子について、小部屋でアルトの生徒だけで練習していました。
ワタクシはピアノが弾けるので、小部屋のオルガンでみんなに音取りさせるように指名されたのですが(当時はなんとも思ってなかったけど、今キョーインの立場で考えると、この先生、どうかしてます。)、もちろん密室の中で生徒だけですから、(例によって虚空に向かって)Kさんとワタクシの悪口を言い放っている人々がいます。ワタクシは無視してパートのメロディをオルガンで弾き続けましたが、それに合わせて歌っているのはKさんだけでした。
すると、

「何やってんの、あの人たち。バカみたい。」

と悪口を言っている人たちの中に、

「ほんと、幾狭さんは音取ってるからわかるけど、Kさん何やってんの。」

と、2人に向けられている悪口を、しきりにKさん1人に向けようとしている人がいました。

小学校3・4年生のときの同級生でした。

Kさん1人に泥をかぶせようとする方法に問題があるとはいえ、彼女は自分が巻き添えを食うかもしれないギリギリのところで、なんとかかつて友達だったことのあるワタクシのことだけはかばおうとしていたのです。

彼女とは小学校高学年以降は疎遠になっており、申し訳ないけど、そんなに義理がたい人だとは、この件があるまで知りませんでした。

そして、人間関係においては単純な動機しか持たないワタクシが、好き嫌いや善悪だけでは説明できない、もっと複雑で深遠な世界があることに気づく端緒となったような気がします。

そうこうしているうちに、周囲の生徒たちは、ワタクシが無視や悪口に対して委縮して無抵抗でいるわけではなく、単に問題にしていないだけだということに少しずつ気付いてきたのではないかと思われます。

男子生徒の集団で下っ端のやつらが、上の方のやつらに命令されるらしく、ワタクシたちを殴ったり蹴ったりしにくるようになりました。

ワタクシにしてみれば、暴力解禁です。

殴り返したり蹴り返したりしました。

彼らの計算外だったことには、ワタクシは並の男子生徒よりも腕力や脚力が強かったのです。
当時の体力テストの項目で言えば、50m走、反復横跳び、垂直跳び、背筋力、握力などで、同年齢の男子の平均より高い数値をだしていました。(ついでに言うと、立位体前屈や伏臥上体反らしなど、女子の方が成績のよい項目についても男子並みでしたが。)
単に筋力だけの問題ではなく、殴り合いの経験は小学生のみぎりに男子児童相手に積み重ねておりましたので、とりあえず男子集団の下っ端程度では相手になりません。

彼らは、走ってきて殴って走って逃げる作戦に切り替えました。

残念ながらワタクシの方が余裕で足が速かったので、とりあえず男子集団の下っ端程度では歯が立ちません。
っていうか、足の速さではボス格の男子より上で、彼を袋小路の壁際まで追い詰めて謝罪させたことがあります。

さらに作戦を変えたのか、ワタクシが登校すると、男子の集団が教室のドアを内側から押さえつけるようになりました。
毎朝力づくでドアを開けて入っていたのですが、ある日つっかえ棒でもしたのか、どうしても開かなかったため、ドアをよじ登って欄間をくぐり抜け、教室に飛び降りたところ、翌日からドアを押さえつける者はいなくなりました。

サシでは勝負にならないと思ったのか、あるとき、男子生徒が一度に集団で攻撃してきました。

(ヨノナカには、徒党を組んでかかってくるのは女子のやることで、男子はそんなことはしない、という迷信もあるようですが、そんなことはありません。小学生の頃にも、1人で複数の男子相手にケンカしたことが何度かあります。)

迎撃していたら、外野から突然声がかかりました。

「幾狭さん、危ない! 後ろ!」

ワタクシが振り返ると、後ろから蹴りを入れようとしていた男子が逃げていきました。

「幾狭さん、がんばって!」

女子生徒の中で、地味でマジメなグループの人々でした。
ワタクシは、声援に手を振って戦闘を続けようとしましたが、男子の集団は散開して逃げていきました。

その日から風向きが変わりました。
孤立していたKさんとワタクシは、その女子生徒たちのグループに迎え入れられました。
正確に言えば、グループのメンバーの中には明らかに迷惑がっている人もいたのですが、リーダー格の子とその親友の2人が、もう幾狭とKさんに味方することに決めてしまっていました。
また、そのグループの他のメンバーの中には、転校してきてまだ周囲になじめずにいたり、ちょっと孤立気味で浮いてしまっていたときにリーダー格の子に声をかけられて仲間に入った生徒もいて、彼女たちは同じようにしてグループにに入ってきた我々に対して好意的でした。

彼女たちは、以前からクラスにいじめがあることに心を痛めており、でもやっぱり巻き添えは怖くてなかなか声を上げられなかったようです。
思わず反射的に叫んだ

「幾狭さん、危ない!」

がきっかけになって、旗幟を明確にしたのでした。

傍観者はいじめに加担しているのと同じこと、とよく言われます。
結果的にはそのとおりなのかもしれませんが、個々に内面を見て行けば、どういう気持ちで傍観しているのかは人によって差があるのだろうと思います。

ワタクシは、グループのリーダー格の生徒から、

「なにがあっても堂々としている幾狭さんに、あこがれていた。」

と言われてびっくりしました。

ワタクシは、クラスを上から見下ろしているつもりでしたが、ひとくくりに見下ろしていた群れの中に、単純なワタクシよりはるかに高度な葛藤を抱えながら、それを乗り越えて他者に手を差し伸べようとする、見た目は地味で平凡な女子中学生の一団がいることにやっと気づいたのでした。

もちろん他のクラスメイト達が急に態度を変えたわけではありません。女子のほとんどは遠巻きに様子を見ている感じでしたし、男子の多くも手足が出ることはなくなったものの、以前よりずっと小声になった悪口を虚空に向かって呟き続けましたが、(そしてどうしても用事などがあるときは、なぜか敬語で話しかけてくるようになりましたが)、事態は少しずつ収束に向かっていきました。

ある日の数学の授業中、ワタクシはうっかりコンパスを床に落としました。

落ちた位置を確認して拾おうとしたら、隣席の男子生徒が、すっと屈みこんでそのコンパスを拾い、ワタクシに手渡しました。

ワタクシも含めて、クラス中がびっくりしてシーンとなる中、その男子生徒は何事もなかったかのように淡々と授業を受け続けました。

そのときまで見落としていましたが、それまでワタクシの隣席になった男子生徒はみんな、机を大きく離していたのですが、彼は最初から机をつけていました。

後々、会話する機会があって(彼は敬語ではなく、ふつうに話しかけてきました)知ったのですが、学級委員だった彼も、やはりクラスにいじめがある、という状況をなんとかしたいと考えていたようです。
「男子生徒」でひとくくりに見下ろしていたワタクシは(以下略)
それはまあ、後々の話で、

そのときワタクシは、ああ、いじめ終わったんだな、と漠然と思いました。

淡々とやり過ごしたり闘ったりしていましたが、気付いたら中2の3学期が終わりかけていました。


「つぶやき」の140字(でしたっけ?)では雑な要約しか書けなかったので、この機会に書き記しておきます。



最後に蛇足ながら。

自分で言うのもなんですが、ワタクシは強いです。
それはものすごく偏った強さなんだけど、とんでもなく強いです。
このblogに書いたことは、かなり特殊だと思います。

現にいじめにあって苦しんでいる子どもに、まちがっても自力で闘うことを強いないでください。

たいていの人は大丈夫、そんなことはしない、とわかっているのですが、

以前にたまたま検索で行き当たって読んだ知らない人のblogで
「パラリンピックを見て感動した。世の中の障がい者はもっと彼らのように強くなるべきだ。」
という無茶苦茶な主張を目にしたことがあるので、
広い世の中にはそういう人もいるかもしれないので、

念のため。
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