上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
今年も我々Sound-Holeは、サッポロで行われるマンドリン四重奏演奏会に出演してきます。

第44回マンドリン四重奏演奏会
日時:2015年2月11日(水・祝)12:30開場/13:00開演
場所:かでるホール(札幌市中央区北2条西7丁目 かでる2.7)
主催:日本マンドリン連盟北海道支部
入場料:無料

Sound-Holeの出番は第1部の最後。13:30頃になるかと思います。
下記2曲を演奏します。

・4月の裏参道 (いけやん作曲)
・鉄道員(坂本龍一作曲/いけやん編曲)

編成は、

1stマンドリン…asaking
2ndマンドリン…いけやん
マンドラ…幾狭
マンドセロ…ぴよ

の四重奏です。

よろしければぜひ聴きにいらしてくださいませ~。


以下、余談。

選曲会議では、ワタクシが激推ししてたヘンリー・パーセルの「ムーア人の復讐」に8割がた決まってたんですが、タイミング悪く高倉健さんが亡くなりまして、以前にいけやんが編曲してた「鉄道員」に変更になりました。

残念ではありますが、俳優さんの追悼にその俳優さんの主演映画の主題歌を弾くというのはよほど条件が揃ってないとできないことで、めったにない機会ですのでこれは変更で正解かと思われます。

弾いてみたらマンドリンの曲調に合ってて、すごく綺麗な曲でした。
さすが世界のサカモト。

世界のサカモトと言えば、この曲弾きながら「作曲 坂本龍一 編曲 いけやん」っていう楽譜の表記に

「すごい、ウチらのいけやんが世界のサカモトと並んで書かれてる!」

って、メンバーで大ウケしました。

まあ、編曲したら作曲者と名前が並べて表記されるもんなんで、前からそうだったといえばそうなんですが。

去年の第43回マンドリン四重奏演奏会でもダウランドの「流れよわが涙」をいけやんの編曲で弾いてますから、ルネサンス期の全大陸的ヒットソングメーカーであるジョン・ダウランドの名前と我らのいけやんの名前が並んで書かれてましたし。

あっ、そういえば、実は昨年はダウランドさんは(たぶん)450歳(くらい)だったらしいです。
なんだ、記念すべき年に記念すべき曲をタイムリーに弾いてたじゃないですか既に。
弾いたときは全然気づいてなかったですけど。
スポンサーサイト
なんとしたことぞ、前回記事に冬休み最後のアクシデントを書くのをすっかりわすれてました。

1月17日にブカツの試合のインソツがありまして、その日は現地集合。
例によって車の運転がダメダメなワタクシは列車でアサヒカワに向かいました。

試合の結果はアレだったんで多くは語りませんが、終わったあとしばらく帰りの列車がなくて19時台の最終の特急まで待たなければなるまい、と思ってたところ、主顧問が親切にも駅まで車で送ってくれました。

これはもしかして1本早い鈍行で帰れるか……とも思ったのですが、券売機の前までたどりついたところで、その鈍行の発車1分前だったので、これは走っても間に合うまいと思い、当初の予定通り最終の特急で帰ることにして、そのへんの店で夕食をとりました。

その鈍行こそが、その日のうちに帰宅できる最後のチャンスだったとも知らず。

以下閑話。
夕食後、うっかり酒屋に寄ったら案の定誘惑に負けて買ってしまった酒瓶2本をぶらさげて、駅前の横断歩道を渡っていましたら、ツルツルの路面で足をすべらせました。
通常でしたら膝をつくか、じゃっかんみっともないけどちょっと尻餅をつくかていどで済むはずだったのですが、
ぶらさげていた紹興酒の瓶が地面にぶつかりそうになるのを反射的に持ち上げて腹の上に乗せたため、派手に仰向けにひっくり返って背中で着地してしまいました。
いやもう幾狭センセイ、死んでも酒瓶を割りませんでした、の巻。
あ、でも首をもたげて後頭部も地面で打たないようにかばったので、大きな怪我はありません。

やれやれ、さて起きようか、と思ったところに、
同じタイミングで横断歩道を渡っていた中国人観光客の皆様が駆け寄ってきて

「大丈夫ですか?! 大丈夫ですか?!」

と、助け起こしてくれようとします。
す、すみません……それはちょっと、こっ恥ずかしいっす……。

「いや、大丈夫です!! 大丈夫です!!」

と、なんとか自力で立ち上がりましたです。

善意で助けてくれようとしたのに申し訳ないんですが、ちょっと文化の違いを痛感いたしました。
外国の方がよく、日本人は困ってる人を助けようとしない、冷たい、みたいなことをおっしゃるのを耳にしますが、
日本人は、自分があまり大仰に人から助けられたらちょっときまりがわるい、っていう気持ちがあるんで、
自力でなんとかなりそうなていどの困り具合だったら見ないふりをするんだと思うのです……。

とはいえ、もうちょっとちゃんとお礼言っとけばよかったです。反省。

閑話休題。

転倒の衝撃もさめやらぬまま、アサヒカワ駅の改札まで行きましたところ、
これから乗る予定の特急のホームが、電光掲示板にもうとっくに表示されてもいいはずなのに見当たりません。
近くに急な運行状況の変更があれば知らせる掲示板もありましたが、そちらにも何も貼られていません。
どうしたのだろうかと訝しんでいたところ、放送が入りました。

「××時△△分発、□□行き特急○○は、始発駅のサッポロが雪害のため、まだサッポロ駅を発車しておりません。
すくなくとも1時間半以上の遅れが見込まれます。
引き続き状況がわかり次第、放送でお知らせいたします。」

…………。

いや、この日、ほっかいど内が悪天候のため列車の運行に注意、ってのは知ってたんですが、
地元もアサヒカワもたいして天候悪くなかったんで油断してました。
まさか、始発駅の悪天候で足止めくってるために、列車がここまでたどりつけないという状況になるとは……。

そして、券売機からホームまで走るのを惜しんだばかりに帰宅が大幅に遅れるとは……。
(いやたぶんあのときは走っても間に合わなかったとは思うのですが……。)

この翌日、マンドリン合奏団Sound-Holeの練習がサッポロでありまして、それに参加する予定でした。
帰宅できなければ、家に置いてある楽器を持ってサッポロまで行くことはできません。

たのむから運休とかカンベンしてくれ~、と思いながら待合室で続報を待っていましたら、
合奏仲間のasakingがSound-HoleのBBSとメールの両方を使って、

「悪天候だけど遠距離組は明日の練習は大丈夫? 来られそう?」

という連絡をくれました。
そこで、

「アサヒカワで足止めをくっていて、もし特急○○がこのまま運休にならなったら行けない、こんなことならマンドラを持ってきておけば良かった。」

ということを返信いたしましたところ、いけやんが

「自分のマンドラを持っていきますか?」

と提案してくれました。
いけやんは、マンドリンの他にマンドラも持っているのです。
楽器2台持ってきてもらうことになり、とても大変なことになってしまうわけですが、背に腹は変えらないのでお言葉に甘えることにしました。

指定席券を払い戻して、急遽部屋をとった行きつけのホテルに向かいます。

そして、この日は最寄り駅に停めてある車で自宅まで運転していかないことになったので、さっそく飲みに出たのでした。

行きつけのお店ではちょうど、某「ほっかいどでウイスキー作り始めた人の妻がヒロインの朝ドラ」に便乗したと思しき国産ウイスキーフェア開催中で、3種類の原酒を試飲できるメニューなんかもありまして、たいへんすてきなひとときを過ごせたのでした( ^^)/🍻

その後、特急○○は5時間遅れで運行したそうですが、もし待ってたら帰宅するころには日付が変わってたはずでしたので、無理に帰って翌朝のサッポロ行きに乗り遅れる可能性を考えたら結果オーライでした。

翌朝、いけやんになんとか連絡をとってアサヒカワ駅で楽器を受け取れれば……と電話やメールを試みたのですが、残念ながらどちらもつながらず。
いけやんが乗りそうな列車の見当をつけて駅のホームで探したりもしたんですが、これも残念ながら見つからず。
後で聞いたら、いけやんはこの日、特急でなくて高速バスでサッポロに向かったとのことでした。
結局アサヒカワからサッポロまで、いけやんにまるまる2台の楽器を運ばせることになってしまいました。

しかし、2月11日の四重奏演奏会を目前に控え、この日の合奏練習に出ることができたのは、ほんとに良かったです。

楽器を貸してくれたいけやん、連絡をくれたasaking、心配してくれたぴよに感謝です。

以上で、やっとこさ「近況報告・2015年始編」を終わります。
最後までおつきあいくださいましてありがとうございました。
2月になってしまいましたが、既に近況ではない近況報告続けます。

天井内漏電のあやしい異臭が原因かもしんない体調不良の中、なんとか12月30日に実家に帰省できたものの、
実家ではほぼ寝て過ごした三が日でした。

ワタクシはものごとを締め切りまでに終わらせるのがたいへん苦手で、年賀状も年内にポストに入れたことは皆無、年によっては絵柄を考えて印刷したところで力尽きて結局そのハガキを出せずに終わることもありました。
パソコンで宛名を印刷できるようになってからは、なんとか実家に帰省して年内に絵柄を完成させ、1月1日には出せるようになってきていたのですが、今年は具合が悪くてなかなかそれどころではなく、年が明けてからやっとクラウドに入れてあった羊の写真(昨年、某「サフォークの町」のいろんな羊を飼ってる施設で撮影)を見ながら下絵を描き始めたのでした。

そのとき描いた下絵、および完成した切り絵がUPしてあるのがこちら

当初の予定では、実家に帰ったら多少は老親の手伝いでもしようと思っていたのですが、結局老親に世話されて終わりました……(スミマセン)。大晦日におせち料理を店まで受け取りに行くミッションのみ辛うじてクリア。

1月4日の列車で自宅に帰り、1月5日から出勤。
年内に終わらせておく予定だったジュケンの書類作成の続きです。
下書きして学年の同僚・教務・教頭・校長に回覧してチェックを受け、
清書が終わったのが1月7日の深夜。
1月8日朝、職場に行って、できあがった清書のチェック回覧をお願いして、
同僚のコーディネータ嬢と温泉に出発! ……のはずでしたが

車庫からいつものようにバックで車を出した直後、ゴツッという軽い衝撃があって車を止めました。
衝撃のした右方向を振り返ると、ワタクシの車が除雪機に接触していて、除雪機はハンドルが雪山に刺さった状態で車と雪山の間で身動きがとれなくなっており、そのハンドルと雪山の間で隣家のおばあちゃんの息子さんが身動きとれなくなってました。

ワタクシが車庫に入ってエンジンかけてる間に、ぜつみょうなタイミングで隣のお宅の前の除雪を終えた息子さんが
「ついでに幾狭さんちの雪もはねておいてあげよう」
と、やってきてくださったようなのです。

誰もいないものと思って油断していたところに、車庫前は運転席から見て右側に除雪した雪を積んだ雪山があるのでバックで出してすぐに左側に曲がるため、左後方ばかり気にして右方向の確認を怠っていたのでした……orz
っていうか、けっこう幅のある車庫にバックで入れられず、いつも頭からつっこんでるってのが既にダメダメですが……orz

まず、「申し訳ない」とかそういうのより先に、一瞬前まで無人だったはずの自宅前に除雪機と隣家の息子氏が忽然と現れたのにびっくりしたことを、懺悔とともに告白いたします。

それから、車を動かさないと除雪機を動かせないけれど、隣家の息子氏に危害を加えずに車を動かせるとは思えず、エンジンを切りました。

次に、車から出ようとしましたが、運転席のドアは除雪機に当たっていて開かないことに気づき、助手席のドアからなんとか這い出ました。

そして、怪力で車と雪山の間から除雪機を動かして隣家の息子氏が除雪機のハンドルの間から出てくるのを手伝いました。
…………怪力に生まれついて本当に良かったです。

隣家の息子氏に怪我がないかたいへん心配だったのですが、
隣家の息子氏は大丈夫大丈夫なんでもないですと主張し、むしろワタクシの車に傷がついたのではないかと心配してくれました。
念のため警察に連絡をしようとしたり、後でなんかあったときの連絡先に携帯の番号をお知らせしようとしたりもしたのですがが、それもすべて「大丈夫ですから」と辞退されました。

いやたしかに見たところ怪我もなさそうだしピンピンしてらっしゃったんですが、
車と接触した除雪機のハンドルを握ってたんだったらなにがしかのダメージがないわけはないですし、
今は大丈夫でも後から痛みがきたりとかするかもしれないという話もしたんですけど、
隣家の息子氏に、本当~~にどこもぶつけてないです、本当~~に大丈夫ですから、どうぞおでかけください、
と言っていただきまして、結局、駅に向かいました。

翌日、あらためて菓子折り持って謝りに行き、幸い後になって痛んできたりとかも無かったことを確認したのですが、
帰省のときには自家製のお漬物をおみやげに持たせていただいたりした隣家に恩を仇で返したようで、たいへん申し訳なかったです。

そんな状態で行った温泉でしたが、いい湯でした。
コーディネーター嬢のアンチエイジング・アンテナにひっかかった「若返り・美肌の湯」でしたので、
すっかり美人になって帰宅いたしましたよ(当社比)。

その後は、チェックの終わったシュツガン書類をなんとか期限前に提出して、ブカツシドーして、冬休み明けのテスト作って、3学期の始業式を迎えましたです。

今の部署のソツギョータンニンの年には、冬休みはどこにも行けないものと聞いておりましたが、
コーディネーター嬢(※昨年度のこの部署のソツギョータンニン)のおかげで温泉に1泊旅行にも行けて良かったです。

でも、来年の冬は、もうちょっと遊びたいなぁ…………

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。