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2013.09.26 投降
9月中は暖房つけずに我慢するつもりでいたのですが、
昨晩、あまりの寒さに持ち帰った仕事を放棄してフトンにダイブしてそのまま寝てしまったので、
今朝ついにストーブのスイッチを入れてしまいました。

サッポロ出身者に道北の寒さはこたえます
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ここ数年、誕生日前後に自分語りのblog記事を書こうと思っては頓挫しています。

といっても、日記的な記事を書けば「こんなことがあってこんなふうに感じた自分」になり、好きなキャラ語りをすれば「○○というキャラが好きな自分」になり、ある意味何を書いても自分語りになるわけで、とりたてて新しいカテゴリーをたてる必要はないと言えばないのですが。
しかし、自分の目を通した何かの像ではなく、正面からの自画像も、文章で書いてみたいと思います。

なお、ワタクシは異常に自己評価が高くて自己愛が強い人間ですので、
たぶんこのカテゴリーの記事は自分マンセーになると思われます。
人を不快にする類の文章になることが予測されますので、回避可能なようにあらかじめことわっておきます。

以下、本題。

ワタクシの父の長兄に、「お見舞い」というものが非常に苦手な人がおります。
病院という場所で、弱っている病人の前で、どうふるまってよいかわからない、のだそうです。
だからカンベンしてくれ、といって、お見舞いというものを一切しないそうです。

これはたぶん、程度の差こそあれ、父方の家系全般がなんとなく持っているもののような気がしまして、
ワタクシもやっぱり例外ではありません。
例外ではないというか、ワタクシはかなり程度がはなはだしい方なんじゃないかと思われます。

お見舞いに限った話ではないんですが、ワタクシはいわゆる「人の痛みがわからない人」なので、弱っている人をさらに弱らせるようなことをしてしまったり、トドメをさすようなことを言ってしまったりしそうな気が、ものすごくするのです。
いや待てよ、ごめんなさい訂正します。「してしまいそう」でなくて、「よくしてしまいます」でした。

そのことによって人から嫌われたり憎まれたりするのは、心情的にはわりと平気なのですが、
自分が困ってるときに誰も助けてくれないと現実的に困るので、なるべく気をつけたいとは思っています。
しかし、その「気をつけたい」は外付けのものであって、自分の内側から自然にわきおこる思いやりとかは無いので、うっかり心ない発言で人を傷つけてしまうことが、たびたびあります。
そのへんは、経験値でなんとかしていきたいとは思っております。

経験値でなんとか、の成功例を1つ挙げときます。
20年近くキョーインやってた中で経験的に身に着けた行動の1つが、
「セイトがなんかやらかしたときは、とりあえずそのセイトにケガがないか確認する。」
です。
心配だからとかでなくて、自動的にそうします。

運んでた給食の食缶を、誤って廊下にぶちまけたセイトがいました。
ちょうどそこに通りかかったのがワタクシだったので、そのセイトにヤケドが無いことを確認し、一緒に掃除をしました。わざとじゃないことは見ていてわかったので、叱ったりとかはしませんでした。
そのセイトも、それを目撃してたセイトたちも、
「幾狭センセイって、ほんとは優しいんだ!」
と感動していた、という話を、後で他のセンセイから聞きました。
だまされています。

よろしくない方の例は、多すぎてどれを挙げるべきか迷います。
一番シャレにならないところを言えば、いじめが発生したときに発見が遅れることです。
これについても、如何にワタクシとえいど新任の頃と比べれば近年の方がいじめ指導スキルはじゃっかん高くなってきているので、経験値も関係あるのだろうと思うのですが、
経験値がワタクシより低くても、セイトの心の痛みを共感できるセンセイは、もっと発見が早いし指導が深いです。
教科担任制で良かったです。

なんとなくどっちの例も仕事がらみになりましたが、プライベートもこんな感じです。
というか、仕事のときの方が気をつけているので、プライベートではもっと酷いです。
人の痛みがわかりません。
経験的に学習したもので一応カバーしようとはしていますが、付け焼刃なのでボロが出まくりです。

ヨノナカの親御さんに「我が子に望むこと」をお尋ねすれば、けっこうな頻度で

「人の痛みのわかる人になってほしい」

という回答が返ってくることを考えると、ワタクシはヨノナカにとってあまり望ましい人間ではないのだろうと思います。

しかし、ワタクシの他人に共感する力には欠陥があるといっても、
それは「まったく共感できない」というわけではなく、「共感できる気持ちに偏りがある」というものです。

具体的に言うと、
他人の痛みや悲しみに共感する力は非常に薄いけれど、
他人の喜びや幸せに共感する力は普通にあります。

悲しんでいる人がいても、あまり悲しい気持ちにならないのですが、
シアワセな人がいると、こちらもシアワセな気持ちになります。

ヨノナカにとってはともかく、
自分にとっては、

逆じゃなくて良かった!

と、思います。心底。
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