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当初の予定では、木曜日は早朝に発って午後4時頃にはアサヒカワに着き、とりあえず散髪しようと目論んでおりましたが、例によって持って行かねばならぬものを職場に忘れてきていることに気付いたりして出発が遅れ、宿にチェックインしたときには午後9時をまわっておりました。
行きつけの美容院は閉まっております。

この日は、さくっと風呂に入って、買物公園沿いのバーに行ってギネスビールでピザ・マルゲリータ食って、さっさと寝ました。

翌日はアサヒカワからサッポロまで約150kmの大移動ですので、髪を切っていては到着できません。
しかし、3か月放置した蓬髪で実家に顔を出せば、老親が腰を抜かすやもしれません。
やはりまずこの天然アフロと化したアタマの始末を優先させ、50kmなり80kmなり日暮れまでに行けるところまで行ったら自転車は途中の駅に置いて列車に乗って帰ることにしました。

行きつけの美容院に電話をいれましたところ、朝は予約で埋まっていまして、一番はやくて11時半とのことでした。
終わってメシ食って出発したら、自転車で行けるのはせいぜいタキカワあたりまでだなぁ、とため息をつきつつ宿を出て愛車にまたがりますと。

…………なまらケツ痛ぇ。

前日、久しぶりの自転車でいきなり100km走ったあおりがこんなところに。

ちなみに、前夜アサヒカワに到着するころには、日暮れ前に街に入ろうと急いだためにその日のうちに筋肉痛になっていたのですが、そっちの方の痛みはこの朝にはおさまっておりました。何者なんだよ俺。

それはともかく、なまらケツ痛ぇ。
これはたぶん体重が増えたせいか。
楽しく長距離ツーリングを続けたいと思ったら、じゃっかん減量せねば、と思いましたです。

こいつはタキカワまですらケツが保つか? と、不安に思ったものでしたが、美容院に着くころには痛みがかなりやわらいでおりました。
続けてしばらく乗っていると、自然と負担を分散させるような体重のかけかたとかになっていくようです。

無事にがっつり髪を切りまして、喫茶店のスープカリー(※「喫茶店のスープカリー」は飽くまで「喫茶店のスープカリー」であり、専門店のスープカリーと比較するのはアレなんですが、「喫茶店のスープカリー」としては十分うまかったです。)など食しているうちに午後1時をまわりました。
アンニュイな気分で、この後の旅程について思考をめぐらせます。

この日、宿からの出がけに確認したアサヒカワ駅前は工事が進み、立派な自転車置き場が建てられていました。

この翌日から教員免許の更新に出席して、地元にトンボ返りして仕事して、またサッポロに戻って教員免許の更新、その後さらにアサヒカワに移動して教員免許の更新、と、移動がJRでないと追いつかない日が続き、今日途中で駐輪する予定の愛車を迎えに行けるのが1週間後になります。

途中のどこか小さな駅の駐輪場で1週間も雨ざらしにするよりは、アサヒカワ駅の屋根つきの立派な駐輪場に停めたほうが良いような気がしてきました。
それに、サッポロ→地元→サッポロのJRでの移動の際、アサヒカワ駅なら乗り換えのときにちょっと駅舎から出て、駐輪場の愛車の無事を確認することも可能です。
おまけに、美容院やら喫茶店やらで自転車を降りた後、あらたにまたがるたびにいちいち、なまらケツ痛ぇ!! のでした。ここは無理せず、我がケツをいたわって回復を待つのが上策かと思われました。

というわけで遅ればせながら、この日は自転車をアサヒカワ駅の駐輪場に置いて、JRでサッポロをめざすことに決定いたしました。

自転車用のサイドバッグは非常に重く、両手で持って列車に乗り込むのは疲れるのですが、今回は運よく車両最後尾の座席後ろのスペースに滑り込ませることができました。楽器を持って乗るときもそうなんですが、このスペースを確保できるか否かが列車移動の快適さに与える影響はたいへん大きいです。

午後4時頃、実家に到着。
翌日に備えて、弟が置いて行ったマウンテンバイクが使用可能かどうか確認し、タイヤに空気を入れたりサドルを上げたりしました。

今回の教員免許更新の最初の会場となるHK大学は、サッポロの北端にあります。
実家は市内の西寄りにあります。
HK大生だった20年前、どの経路をたどっても、通学に片道1時間半かかりました。

経路1)N町バス停―(バス)→JRコトニ駅―(列車)→JRソーエン駅―(列車)→JR Iの里K大前駅着―(徒歩)→HK大…合計1時間半。

経路2)N町バス停―(バス)→地下鉄コトニ駅―(地下鉄)→地下鉄オオドオリ駅―(地下鉄)→地下鉄アザブ駅―(バス)→HK大…合計1時間半。

経路3)実家―(自転車)→HK大…合計1時間半。

ちなみに、サッポロ―アサヒカワ間は、JR特急スーパーホワイトアロー号(当時)で現在と同じ1時間20分、もうすこし遅い特急ライラック号(当時)でも1時間半でした。
なにかしゃくぜんとしないものを感じます。

そんなわけで、今回の実家からHK大までの交通手段は、自転車を選択したのでした。

今は地下鉄がコトニより西まで延長され、実家から最寄りの地下鉄駅までは徒歩2分になっているので、おそらく地下鉄―バス利用でも1時間20分くらいで行けるとは思うのですが、
20年前の「自転車1時間半」はママチャリでの時間なので、スポーツサイクルならもっと速く移動できるはずです。
それに、満員のバスとか乗り換えとかのストレスを考えると、もし多少時間がかかったとしても自転車の方が快適に決まっています。

翌朝、実家から借りたマウンテンバイクでHK大に向かいました。

所要時間、1時間10分。

これ、愛車のクロスバイクだったら1時間で着くぞ、きっと……。

20年前、HK大学が手狭になった街中のキャンパスからこの地に移転してきたばかりのころ、Iの里はほぼ荒野でした。

JR Iの里K大前駅からHK大学までの、ゆるやかなS字を描く無駄に広い道の両側に、ぽつんぽつんと店舗や住宅があるだけで見通しが良く、けっこうな距離なのに駅から校舎が見えました。
普通にS字カーブに沿って歩くと、駅から大学まで15分から20分くらいかかったと思うのですが。道を無視して直進すると10分で着いたという話を聞いたことがあります。

アサヒカワ出身でサッポロ在住のマンガ家・佐々木倫子さん(あっ、そういえばこの方もHK大卒でした。移転前ですが。)の作品に「時計台の鐘が鳴る、S市は風の強い町です」というフレーズがありました。
サッポロ出身のワタクシがアサヒカワに住んだときの感想が「無風だ!」でしたんで、アサヒカワからサッポロにいらした方にとっては春先のバフン風なんかはさぞかし衝撃的でしたでしょう。

ただでさえ風が強い町なのに、Iの里は遮るものが何もなかったため、夏でも冷房不要、冬には猛吹雪でバスが進めなくなり、降ろされた乗客が雪原を徒歩で行く光景が見られることもありました。
通称「ロシア領」「サッポロのシベリア」。

それがすっかり家も店舗も建てこんで、あのころ若木だった街路樹も傍若無人に育ち、記憶違いでなければ当時は歯科系の専門学校があったところが医療大学になり、駅から大学は見えず、かつて学生がS字の道を無視して直進したことなど想像もつかない状態になっておりました。
特筆すべきは学習塾の多さです。20年前も、街ができて人口もそれほど多くないのに早々と塾ができて驚いたものですが、今やほっかいど内大手の塾も含めて何軒もの塾が看板を出しています。
おそらく、この付近の最寄りの小中学校がHK大の付属であるため、できたらそこに子弟を入学させたい保護者さんの需要が大きいのではないかと推察されます。

途中の道沿いの喫茶店などは、20年の栄枯盛衰が感じられましたが、駅前の「T」と大学前の「J」、学生たちの行動範囲の両端にある喫茶店は健在でした。
昼食は、混雑の予想される学食を避けて自転車で駅前の「T」に行きました。

大学に入るまで、学校給食のグラタンしか食べたことのなかったワタクシにとって、この店は「グラタンはおいしい食べ物だ」ということを教えてくれた店でした。
メニューには当時大好きだった「ナスとトマトのグラタン」があり、とても懐かしかったのですが、昼休みの時間があまりなかったのでカレーにしました。うまかったです。
今度は時間をゆっくりとれるときに来て、グラタンを食べたいと思いました。

さて肝心の教員免許更新講習ですが、昨年度の十年経験者研修と比べると格段にストレスが少なかったです。

十年研は行政からのトップダウンという感じの研修で、講師の方々もお上の言ってることを下々にそのまま下ろしている印象でした。
こちらの感覚では「現場無視の一方的な改変」と思われるものについても「今度からこうなりましたからこのようにしてください」です。

今年の教員免許更新は、講師も大学の先生で、研究者とはいっても教育系の大学だけあって現場とのつながりも比較的あるようです。行政の行う改革についても、中立的な立場で、メリットもデメリットもきちんと述べていました。
これがクミアイの研修になるとデメリットの提示に偏りますが。いやたしかにデメリットの方が大きいのも事じ(ry

特に、2日間で4コマあった講義のうちの一つで、現在ワタクシが直面している課題(え~と、ぶっちゃけたらマズいかなぁ、しゅひぎむ的に……)について大きく取り扱ってくれたのは有り難かったです。

おかげさまで、昨年度の十年研のときはほぼクレーマーと化していたワタクシでしたが(いやだってあまりにもやらかすんだもん……)、今回はクレームもつけず、アンケートにも不満ではなくてお礼を書くことができました。

まあ、十年研修は無料で、教員免許更新は万単位で金かかるんですけどね。
あと、交通費について、都市部に住んでる人と地方に住んでる人でものすごい差が出るとかね。

そして、2日目の最後に試験。
まじめに講習受けてれば解答できる問題で、まじめに講習受けてたのでわからない問題は無かったのですが、自分の腕時計が遅れていることに気付かず、最後の記述式の解答の結論部分を書いている途中で終了してしまいました。
たぶん合格点はとれてるとは思うのですが……。

2日間の講習を終え、アンケートを提出したとき、ワタクシが最後の1人だったのですが(お察しの通り、ワタクシはこのテの文章書くのにすごい時間がかかります……)、回収された講師の先生がワタクシの顔を見て

「幾狭センセイでしょ?」

と尋ねてきました。

こちらの講師の先生は、HK大の教職大学院の先生なのですが、もともと中学校の先生をしていて退職されたあとこちらに来られたそうで、教科も同じですので、おそらくどこかでお会いしたものと考えられます。
なんとなく顔も名前も記憶にあるような気がします。
しかし、いかんせん、ワタクシがサッポロのガッコーに勤めていたのは10年前までの約10年間。しかも臨時採用で毎年勤め先がかわり、8校回っております。どこの学校でお会いしたか思い出せません。
正直に話しまして、どちらの学校でご一緒したか尋ねましたところ、同じ学校に勤めたことはなく、向こうも
「どこで会ったかは覚えていない、多分市内で同じ教科の先生の集まる研究会とかではないか」
とのことでした。
「そうですか。幾狭(仮名)という変わった名字なので記憶に残りやすいのかもしれません。あっ、名字とえば、父もサッポロで同じ教科の教員だったから、むしろ……」
と言いかけましたところ、講師の方、

「幾狭○○さんでしょう。面影あるわ~。」

と、こちらの顔を指して父のフルネームを言い当ててくださいました。

そのときの衝撃を、ご理解いただけるでしょうか。

教員採用試験の集団面接(当時)のラストに、見ず知らずの試験官からピンポイントでワタクシに、当時父が会長を務めてた某研究団体の研究に関連する質問をされたとき以来の衝撃でした。

父が退職して十数年、ワタクシがサッポロを離れて10年。
すっかり油断しておるところにカウンターくらった気分です。

かろうじて、

「はい、同じ顔してます……。」

と返すことはできましたが、あとは「わ~わ~スミマセン」しか言えませんでした。なんかいろいろ申し訳なくて。

…………クレームつけたり、アンケートに不満ぶちまけたりしなくて良かった~~~~~~~~~~。
あぶね~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。

と、最後の最後に埋没していた不発弾が爆発したような出来事もありましたが、概ね無事に最初の講習を終了。

この日は帰宅後、内地在住の友人の帰省とちょうどよく重なりまして、久しぶりに飲みに行きました。
店に入って席に落ち着いて、友人の第一声。

「すげーな、腕。俺より太い。筋肉なんだろ、それ。」

率直な感想ありがとうございます。
変わってね~な~~~~wwwww

というわけで、最初の講習の最終日のシメに、楽しく飲んだくれて過ごせてよかったです。

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しあさってサッポロで謎のキョーインメンキョコーシンコーシューを受けるため、出発します。
自転車で。

今日はアサヒカワ泊予定。

いってきます。
2013.07.08 隣村温泉
今週は、ブカツのチュータイレン地区大会、キマツテスト、チュータイレン管内大会(当番校)の準備等々、なにやら仕事がたてこんでおり、進行方向にニンジンでもぶらさげておかないととても走る気にならなかったので、週末に隣村温泉(仮名)に予約を入れてありました。
アイカタのコーディネーター嬢(仮名・44歳)が旅の連れです。

コーディネーター嬢とは、昨年度末の同じような状況で御町内温泉(仮名)に2人で泊まったことがあったのですが、その翌日、彼女と他の同僚との会話で
「コーディネーターセンセイ、幾狭センセイと一緒に泊まったんだね~。」
と言われて
「はい、一線を越えました。」
って答えたら、周囲の同僚が全員ひとこともなくスルーしたって言ってました。

今回の隣町温泉(仮名)に行くにあたって、同僚たちと同じような会話があり、同じようにコーディネーター嬢の冗談になにがしかツッコミを入れるひとはなく、なにも聞かなかったかのように黙殺されたらしいです。

この無反応っぷりから想像するに、周囲の同僚たちは本気でコーディネーターセンセイと幾狭センセイは「そーゆー関係」だと思ってるんじゃないだろうかと推測されます。

ちなみに、コーディネーター嬢はセイトの一部から「ママ」と呼ばれていますが、
あるとき彼女が戯れに
「じゃあ、パパは幾狭センセイだね。」
と言ったため、
ワタクシは自分が授業を受け持っているわけではない一部のセイトたちから「パパ」と呼ばれています。

隣村温泉には鈍行列車で行こう、と相談していたのですが、
当日午前中、お隣の最寄市(仮名)にあるチュータイレン管内大会会場でブカツの練習をするため、セイトたちを引率して同じ路線の鈍行列車に乗った際、時刻表を眺めていて
「午後から乗ろうと思っていた便は、隣村温泉駅は停車しない」
ということを発見いたしました。

帰宅後すぐにその旨を連絡したところ、列車での移動は中止となり、急遽コーディネーター嬢が車を出してくれることになりました。
乗る前に気付いて良かったです。
もし、予定通りの便で行っていたら、まず隣村駅まで行き、そこで隣村温泉駅に停車する折り返しの列車を2時間以上待っていなければならないところでした。

この日は、早めに宿について、宿の周りの散策路を歩いてみることになっていました。
以前に日帰りでこの温泉を利用したときに、散策路の一部を歩いてみたのですが、日暮れも近くて熊の活動時間に突入しそうだったため、奥の方まで入り込むのは断念しており、
「別の機会に早めの時刻に来て歩いてみよう」
ということにしていたのです。

予定通り、午後4時前に宿に入り、荷物を置いて散策路に入りました。
コーディネーター嬢は、日焼け止め・日よけ帽・首タオル・腕カバーのUV完全防備に、虫よけスプレーをたっぷりかけて万全の体制。
ワタクシは持参の熊鈴を鳴らす以外まったくの無防備で、山中の散策路を歩く予定だったのをすっかり忘れて毛ズネまるだしのスリークォーターパンツでしたが、すぐ近くに歩く蚊取り線香と化したコーディネーター嬢がいらっしゃったため、ほとんど虫に刺されませんでした。

noitigo.jpg 完全装備の相方

足元の野苺/完全装備のコーディネーター嬢(後ろ姿)

鬱蒼と樹木に囲まれたウッドチップの遊歩道。
木立を渡る風は、日差しの強い日だったにもかかわらず、たいへん涼しかったです。
遊歩道がところどころ雑草に覆われて道なき道になってしまっているのには閉口しましたが。
我々は「散策」に来たのであって「登山」に来たつもりはなかったのですが。
それはともかく、たいへん見晴らしの良いところに登って、絵本のような隣村の村はずれの景色を堪能いたしました。

kesiki1_20130802133604cbe.jpg kozue2.jpg

下山後は、この近辺の地域の歴史に深くかかわったT川の川原に降り立ちました。
水量豊かな川面をなでる風は、日差しの強い日だったにもかかわらず、たいへん涼しかったです。
我々は童心に帰り、水切りなどして遊びました。
てごろな石が土砂に埋まっていて掘り出さなければ投げられないのには閉口しましたが。

kawara.jpg

山中と川原を合わせて1時間ばかりの散策から引き返した我々の次なるターゲットは、駅から温泉まで来る途中で見かけた案内板でした。
そこには、たいへんな大樹を想像させる名前を冠せられた松まで「あと2km」と表示されていたのです。
いったいどんな松なのか。
好奇心をそそられた我々は、延々と続く蕎麦畑の中の一本道をたどりはじめました。

しかし、その途中でワタクシが腹痛を起こしました。
起こしたというか、前日夜中に発症して午前中いっぱい間歇的に(というか、固形物を食べて1時間くらいすると)起こっていた腹痛が、再発したのでした。
腹痛の原因は、ここ数日の徹夜仕事の疲労が(ワタクシにしては珍しく)消化器系にあらわれたものではないかと思われます。
前日の夕食の一時間後くらいから痛みだして夜なかなか寝付かれず、
当日は用心して朝食は抜いたのですが、午前中に一度おそるおそるカロリーメイトを食べてからやっぱり一時間後くらいにまた痛みだし、
昼食は控えたものの散策に出る直前に「空腹で倒れてもなんだ」と思ってバナナを1本食べた一時間後がこのときでした。
腹痛自体は我慢できないほどのものではなかったのですが、片道2kmの、見渡す限り廃屋と納屋以外に建物も見えない道中に「もし便意を感じたら」と慄然といたしまして、すぐに宿に引き返しました。
幸い、宿に着いて少し休むと腹痛はおさまり、昼前までは腹痛にともなっていた腹下しも治っておりましたので、これが最後の腹痛だったものと見定め、宿の夕食は残らずいただきました。

この村の名物の殻ごと挽いた粉でつくる真っ黒い蕎麦、川の傍の温泉らしいヤマベ料理、近辺の山で採れるタケノコを使ったキムチ、ほっかいどといえば定番のジンギスカンのタレで食べる羊肉とトウキビの陶板焼きと、なかなか地域色を出して工夫した献立でした。
テンプラまで全部食っちまったことがじゃっかん心配でしたが、先刻予想したとおり腹痛は起こりませんでした。

温泉は土曜の夜とあって家族連れで混雑していました。
子連れの母さんが子どもたちに静かにするように一生懸命注意してまして、その姿勢は好感がもてますし、ちっちゃい子がじゃっかん騒がしいのは仕方がないことなんで別にいいのですが、ミニカーのダンプとの混浴は勘弁願いたいので、早々に風呂から上がりました。

翌朝、浴室清掃後の朝一番の時間帯に再度入りましたところ、アイカタとワタクシ2人だけの貸切状態でしたんで、無事に温泉も堪能できました。

朝風呂、朝飯の後、部屋でしばしゴロゴロいたしました。

アイカタが持ってきたオヤツの「鉄+コラーゲン入りウエファース」をいただきましたとき、
いつもならアイカタからもらう美容系の成分入りのお菓子などには必ず
「コラーゲンはほとんど消化吸収されないから経口摂取しても排泄されるだけだそうだ。」
などとツッコミを入れるワタクシが、この日は感じの悪い含み笑いを浮かべつつ黙って食していたら、アイカタに
「今日はツッコミ入れないの?」
と催促されましたので、
「いや、テレパシーでツッコんだ。」
と応えておきました。

ワタクシは、「女の子は年頃になったら化粧水や乳液などでお肌のお手入れをするべき」教の信者だった母に対抗して無精で自堕落な朝を手に入れるため、理論武装に余念のない少年時代を過ごした筋金入りの「美容なんざ無駄無駄ァ!!」教信者(っつーか、ただの無精者)なのですが、
コーディネーター嬢は、そんなワタクシが
「化粧水や美容液の成分は、皮膚の隙間より分子が大きいからしみこまないよ~。」
などと言っても決して負けずに
「いいもん、それでも使うもん!」
と主張する信念のある方です。
「あ~、まあ、偽薬だって知っててもスパシーボ効果はあるって話もあるらしいから、効くかもね~。」
という話をすると
「それに賭ける!」
と宣言していました。

なお、このとき幾狭さんはウケ狙いとかでなく、素で残念な言い間違いをしております。
スパシーボ効果。
どんだけ有り難い効果だよ。

美容成分が有効か否かはともかく、信念と努力とプラシーボ効果は容姿に反映されるものらしく、彼女はワタクシよりひとつ年上ですが、はるかに若く見えます。
しかし、彼女の信念に茶々を入れるのはワタクシの娯楽のひとつですので、ツッコミはやめません。

チェックアウト後は、前日に徒歩で行こうとして幾狭さんの体調不良で行けなかった松を、今度はコーディネーター嬢の車で目指しました。
2kmの道のりを進むうち、どんどん道路が狭く、心細くなっていきまして、ついにそれ以上進めなくなりました。
仕方なく、かなり長い距離をバックで戻って方向転換できるところまでたどりつきましたが、それでエネルギーを使い果たしてしまって、あらためて徒歩で松をめざす気にはならず、この日はあきらめて、また別の機会に見に行くことにしました。

隣村と現住所の町の境を通るとき、
「はぁ~、日常に戻っちゃったよ……」
と、二人で溜息をつきましたが、
気を取り直して、町内郊外の廃校になった校舎に住んで木工制作なさってる方のカフェを尋ねました。
BGMにビートルズのマイナーなナンバーがかかっていて、曲が変わるたびに幾狭さんのイントロ曲名当てがはじまってしまいましたが、コーヒーとケーキうまかったです。

町内また別の廃校になった校舎に開拓時代~昭和中期くらいまでの民具とかが展示してあるごく小規模な博物館と、町内ハーブ園なんかも見て、昼くらいに帰宅しました。

2日目はほぼ地元観光でしたが、なかなか楽しかったです。

写真もUPしようと思ってましたが、マイクロSDとパソコンをつなぐ線が見当たりません。
見つかり次第、写真追加します。

追記:写真やっとUPしました。2013/08/02
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