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8月11日(水)、一晩寝たら、脚の火ぶくれが引っ込んでフラットになっていた。
毎日のように冷やしていたので以前のように重症にならなかったのだと思うが、それにしても人間の回復力とははかりしれないものだと思った。
というか、人間の回復力じゃないかもしれない、ワタクシ……。

それはともかく、この日は朝から土砂降りだった。
天気が良ければ、朝ちょっと湖でも見てから帰りたいところだったのだが、もうそれどころではない。
あとは自宅へ向かうだけという状況なのが不幸中の幸いというべきか、
最終日くらいちょうどいい天気になってくれないもんかと不満を述べるべきか。

9:00ごろ、若干降りが弱くなったかなというタイミングでレインスーツ上下を着こんで自転車をこぎはじめたが、出発して間もなくから再びバケツをひっくり返したように降りだした。おまけにものすごい強風。
滝に打たれる修行をしながら自転車をこいでいるような気分になる。
目が痛い。

1時間半ほど山の中を黙々と走り、雨がやや小止みになったころに中頓別到着。
こんな状態なので飲み水なんかもほとんど減っていないが、次のコンビニまでまたえらい距離なので、とりあえずここのコンビニに入って色々補充しておく。
建物を出るのとほぼ同時に、雨足が再び強まる。

また延々と山の中をこいで次の小休止地点の道の駅に昼ごろ到着。
近くの温泉に入ったらあったまるだろうなぁ、と思いつつ、道の駅の中の食堂にも心惹かれつつ、ベランダの庇の下で立ったままカロリーメイトを食べて再び出発。
峠を越えたら、こっち方向の自転車旅行の行き帰りに必ず寄る蕎麦屋があるんである。
道の駅の食堂に浮気をしている場合ではない。

はじめての峠を越える前はいつも、どのあたりから登りが始まるのか、戦々恐々としながら走るのだが、その登りがなかなかあらわれなくてちょっとドキドキした。
と、思ったら、前フリで少しずつ上り勾配になるとかがなくて、いきなり登坂車線。
これを越えさえすればいいのか、と、ちょっと安心する。
と同時に、実はこれが前フリで、そのあと本チャンの峠が出てきたらやだなぁ、とも思った。

一呼吸置いて、坂を登り始めた瞬間、ペダルから負荷が消えて自転車が止まった。
降りて確認すると、案の定チェーンが外れている。
出鼻をくじかれるとはこのことである。
土砂降りの中チェーンを直し、気を取り直して峠越え開始。
ときどき休憩しながらも、登りはなんということもなく終了。
そのあと密かにラスボスの峠が控えていたりはせず、無事に下りに入る。

この下りが、強烈に下りだった。
来年はここを上るのかと思うと、ちょっと憂鬱である。
路面が乾いていれば、たぶん快適だったと思うが、残念ながら雨で滑りやすくなっている。
あまりスピードを出しすぎると危険なので、ブレーキをかけながら下る。
手が痛い。

どうにかこうにか下り終え、蕎麦屋に到着したのが14:00頃。
空腹でいきだおれる前に、なんとか昼食にありつく。
この店のスキンヘッドでちょっとマッチョなオニイサンがけっこうタイプなので、蕎麦とともに彼にお会いできるのを楽しみにしていたのだが、この日は不在で残念。
そのかわり、おばちゃんもワタクシの顔を覚えていてくれたことがわかったのは嬉しかった。
猛暑の続く今年だが、さすがにこの日に食べたのは温かい蕎麦だった。
たいへんうまかった。

あとは、自宅まで一直線(道は曲がりくねっているが)である。
この道のりも、天気さえ良ければ最後の楽しみで名残を惜しみながらややゆっくり走りたいところなのだが、なにしろざんざか降りなので急ぐ。
いつもは途中から(さらに曲がりくねった)裏道に入るのだが、この日は最後まで国道。
縮地の術(嘘)を使って、えらいハイペースで走り、夕方になる前に自宅に帰り着く。

すぐにでも倒れこんで寝たい心境だが、色々ものを干したり拭いたりした後、風呂に入ってやっと一息つく。
目は真っ赤だわ、日光に当たってもいないのに火ぶくれが復活してるわ(←体調に敏感に反応するものらしく、翌朝には再び引っ込んでいた)、雨のおかげでたいした距離でもないのにえらい消耗した。
まあ、でも、たっぷり走れたので、予定より走行距離が短かったわりにはけっこう満足である。

来年はリベンジで、中頓別からオホーツク海岸を南下だな。

~終わり~
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徒歩宿「トシカの宿」は、かなり昔からやっているようで、ずいぶん古い建物に見えた。
しかし、ワタクシが泊まったのは小ぎれいな内装の新館である。
旧館のほうには、ライダーの団体さんが泊まっているらしかった。

風呂は16:30からということになっていたが、自転車で到着して激しく日焼けしたワタクシのために、早めに準備してくれた。

フトモモの皮膚に、細かい火ぶくれがたくさんできていた。
このまま成長してでかい火ぶくれになられると始末に終えないので、またたっぷり水をかけて冷やした。

風呂からあがって部屋に向かっていると、すれ違ったライダーさんの団体の1人が、ワタクシの脚を見て叫んだ。
「ひゃ~、足、どーしたの?!」
「これ? 日焼け。」
「痛くな~い~?!」
「痛いです~!!」
茶髪オールバックでマッチョなガタイのライダーさん、ソフトなしゃべり方が妙に可愛かった……。

しかし、この日焼け。
自分では既にそれが常態な感じになってしまっているが、新たに目にした人にとってはエラいインパクトらしい。
相部屋の人が部屋にやってきたときも、最初に目が行ったのはワタクシの脚の日焼けだったらしい。

ところで、挨拶して二言三言会話するまでぜんぜん気づかなかったのだが、四言めくらいにこちらの言ったことが理解できずに相手が困惑したのが感じられ、あれ? と思ったら、相部屋の方が申し訳なさそうに曰く。
「ワタシ、日本語あまり得意でないのです。」

……いえ、じゅうぶん得意だと思います。
むしろ、得意だと言ってくれないのはイヤミですよというレベルです。

ただ、こちらがやや速めにしゃべると、聞き取りがついていけないようではあった。
ゆっくり話したことは、ほぼ完全に理解しているようだ。
そして、やたらめったら流暢に日本語を操っている。

これで日本語が苦手だと認識しているんだとしたら、他にもっと得意な言語があるのだろうと見当をつけて聞いたらビンゴ。
「はい、英語やフランス語の方が得意です。」
という返事だった。
…………エリートだ。

国籍は、韓国。
数日前に泊まったユースで、
「最近、中国や韓国から北海道に来る観光客多いよね。」
という話をしたばっかりだったが、単独の旅行者は珍しいかもしれない。
団体でなくても通用する語学力なので、その方が楽しいだろう。
千歳まで飛行機で来て、札幌で借りた50ccのレンタルバイクで各地を回っているという。
徒歩宿の情報誌を持っていて、今まで泊まった宿のスタンプを見せてくれた。
………………上級者だ。

彼女は、憧れの北海道を訪れるのが「夢でした」と、幸せそうに語った。
夢をかなえるために、1年分の休暇を全部まとめてとったのだという。
1年間休み無しと引きかえの、3週間の北海道旅行。

最近の隣国の北海道ブームが何故なのか、理由がよくわからなかった。
今でも「何故か」は、わからない。
ただ、彼らにとっての北海道が「どんなものなのか」は、ちょっとわかったような気がする。

夕食までの間、2人でお互いの旅について聞きあって時間を過ごした。
北海道に上陸して六日目だ、という話になったときの、「六」を表す彼女のジェスチャーが、開いた掌の横に親指を立てるものだったのが、ちょっとしたカルチャーショックだった。
こちらでは、開いた掌の前に人差し指を立てるのだと言うと、向こうも軽く驚いていた。

夕食は、ジンギスカンだった。
一人旅の人が集まったテーブルで、ビールを飲みながらなんだかんだしゃべった。
単独の女性はワタクシと相部屋の彼女の2人だけで、あとは男性が4人。
彼らも最初、彼女が日本人ではないことに気づかず、宿の人に紹介されてびっくりしていた。

男性客のうち3人は、予想通りディープなほっかいどリピーターで、一番若い1人は、ほっかいど出身者だった。
そしてワタクシがほっかいど民。
ほっかいど内でメジャーな観光地はアサヒカワ以南に集中しているのだが、このあたりを歩いているリピーターさんたちは「いろいろ行きたいとは思うんだけど、来るとサクッと北に向かっちゃう」人ばかりだ。
ほっかいど出身者の人は、ワタクシと同じく元サッポロ市民。
初対面なのに、なにやら全員ローカルな話題が通じまくりである。

岡山か広島のどちらかから来たおじさんは、例の「エヌサカ線」も何度か通っているそうだ。
「以前はもっと人通りが少なかったけど、さいきんはあそこを走るライダーさんが増えた」という。
車にビデオカメラを積んで、あの道を走りながら延々と撮る計画を話してくれた。
「それって、ずっと同じ映像じゃないですか(笑)。動画にする意味あるんですか?」
と訊いたら、
「環境映像みたいな感じ。」
という答えだった。
なるほど、それなら納得。

内地から来た人に住んでる県なんかを一応聞いたのだが、いまいちピンとこない。
「すいません。ほっかいど民は、本州の地理に疎いんです。たとえば、どの県が何地方とかはわかるし、青森とか山口とかだったら端だからわかるけど、広島と岡山の位置がどっちがどっちだとかになると怪しくなるんです。」
という話をしたら、元サッポロ市民の彼が
「それ、すごくよくわかります!」
と、激しく同意してくれた。

それでも、自転車乗りの聖地「しまなみ街道」にはぜひ1度行ってみたい、という話は通じた。

……ところで、「しまなみ街道」って、岡山でしたっけ広島でしたっけ?

あと、ほっかいど民すべてが「なんかあると必ずジンギスカン」というわけではない、という話も、元サッポロ市民の彼とともに内地の人々に説明した。
「僕のうちは、しょっちゅうジンギスカンでした。」
「ワタクシの実家は、ジンギスカンを食べることはめったになかったです。『外でジンギスカン』に至っては、大学の花見コンパがはじめてでした。」
「というように、同じほっかいど民でも色々違うんです。それに、(目の前のジンギスカンをさして)普通はこんな分厚くないですよね?」
「……ゴメン、ワタクシは稀にジンギスカン食べるときはこれくらい厚い肉だった。」
「えっ?! そうなんだ! あと、『すき焼き』って普通ひつじ肉でしたよね。」
「……うちの実家では、『すき焼き』ったら牛肉だった。豚肉のこともあったけど、その場合は『豚すき焼き』って言ってた。」
「え~~っ?! ……ああ、まあ、そういう感じで、おなじほっかいどでも家庭によって色々ちがうんです。」
無理やりまとめた。

ここの宿では、夕食後に手作りの焼き菓子とコーヒーまたは紅茶が出る。
韓国の彼女は、ティータイムまではがんばって居間にいたが、その後は部屋に戻っていった。
今日も1日中50ccのバイクに乗っていたそうだから、そうとう疲れているはずである。

しかし、徒歩宿的にはここからが本番のアルコールつき「交流タイム」である。
1人600円以上(ソフトドリンクのみの場合は確か400円以上)のカンパを所定の入れ物に投入すると、居間のテーブルに置かれた飲み物を自由に飲んでよいことになっている。
時間は23時まで。
お犬様付き。

宿のアイドルの柴犬はすごいマイペースで、呼んでも寄って来ないけどいつのまにか足元で遊んでいたりする。
ビンのフタが大好きで、ひとたびそれをくわえると絶対に人間に返そうとしない。
もしかしたら、犬の着ぐるみを着た猫なんじゃないだろうか。けっこう疑わしい。

夕食のテーブルで一緒になった一人旅の寄せ集め組は、この交流タイムの最後までずっと、ほっかいどの食べ物やら観光地やら廃線になった鉄道やら内地との文化の違いやら柴犬とのフタの争奪戦やらを肴に、酒を酌み交わして過ごしたのだった。

~続く~
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