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本宅更新しました。
ほとんど1年ぶり……。

TOP写真変更。
けいりん氏のHPへリンク。
ドラ猫さんの暑中見舞いイラストUP。

ほぼ他力本願です。
しかも、TOP写真は、blogの使いまわしです

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8月10日(火)、この日はユースを出発してしばらく走ってみた後、体調と相談して以下の選択肢の中から次の行き先を決めることにする。

1.体調(つまり日焼け痛)がよろしくないようだったら、予定より1日早いが、まっすぐ帰宅。
2.短距離ならいけそうな様子だったら、30kmくらい先の宗谷岬で宿泊。
3.普通の体調のようだったら、90kmばかり走って中頓別で宿泊。
4.なまら元気そうだったら、130kmばかり走って枝幸で宿泊。

8:15頃、稚内モシリパユース発。
幸い、天気はイイ感じの曇りである。

8:40頃、「まっすぐ帰宅コース」との分岐点まで走ったところで、3か4の選択肢でいいだろうと判断し、とりあえず中頓別の徒歩宿に電話した。
宿泊OK。
交通手段が自転車で現在地は稚内と言ったら、宿の人に心配される。
「夕食が18:30なんですが、間に合うかなぁ。どうされます?」

……18:30なら楽勝じゃん。
と、思ったが、なにしろ方向音痴の実績があるので
「たぶん大丈夫だと思います。」
くらい謙虚に答えておいた。

さて、宗谷岬まであと27km。昼前くらいに到着しそうだ。
あの辺は食堂が多いから、うまい海産物で早めの昼食にしよう。
と、もくろんだのだが、途中経過の青看板を見るたびに首をかしげる。
なんだかペースが異様に速い。
確かに前日までに比べると、道のりはやたらめったら平坦だ。
追い風でもある。
それにしても速い。

2010夏自転車旅行15

10:10、宗谷岬に到着。

2010夏自転車旅行16

いくらなんでも昼食には早すぎる。
というか、食堂あいてるのか?

昼食は猿払の道の駅で食べることにして、宗谷岬を出発。

その後も、なんだか妙に速いことを不審がりながら走り、その日最初の長い登り坂に取り掛かる。

そこで前ギアをチェンジしようとして、はじめて気づいた。

普段ワタクシは、3枚ある前ギアの真ん中のギアにチェーンをかけて走り、細かい切り替えは後ろギアを使う。
長い登りや急な登りのときには、一番小さい前ギアに切り替える。

ところが、この日ここまでの間、ずっと一番大きい前ギアにチェーンがかかっていたのだった。
このギアは重いので、滅多につかわない。
たまに使うのは、短距離を急いで走るときの下り勾配くらいだ。

……どうりで速いはずである。
不思議でもなんでもない。
いや、これだけの距離を走ってペダルの重さに気づかなかったのが不思議といえば不思議だが。

要するに今日は調子がいいようなので、登り坂以外はこの重いギアで行くことにする。
こんなことなら枝幸泊まりでも大丈夫だったか、とちょっと後悔するが、余裕があるにこしたことはないので、中頓別まででいいことにしておく。

しかし、この前後くらいから、雲行きが怪しくなってくる。
いい感じに曇っていた空が、なんだかだんだん晴れてきてしまったのである。
直射日光が当たると、日焼けしたところが痛い。
しばらく走ってみて、これはヤバいと判断したので、登山用の長ズボン(一応通気性は良い)を履いた。

路上で。

さすがにハーフパンツを脱いで履き替えるのははばかられたため、その上から重ねた。
サイクルパンツ・ハーフパンツ・登山ズボンの三層構造である。

なまら暑い。

かなりぐったりしながら走っていたら、太陽が雲に隠れた。
ラッキー、と思って長ズボンを脱いだ。

路上で。

たたんだ長ズボンを荷物の中にしまうと同時に、雲から太陽が出てきた。

ケンカ売っとんのか、わりゃぁ!?

毒づきつつ(誰に?)、再び長ズボン。

あづい……

枝幸まで行くことにしなくて良かった……。

12:30頃、猿払の道の駅到着。
ここは、ホタテが名物らしい。
団体客の席で、添乗員さんなのか、道の駅のレストランの方なのか、ここのホタテについてセールストークをしていた。
冷凍ホタテのおいしい解凍の仕方は、冷蔵庫内でゆっくりとかす方法だ、とか。
スペースシャトルで宇宙ステーションまで運ばれたホタテが、猿払産のものである、とか。

というわけで、ホタテ料理を選ぶことにする。
メニューを見て、ホタテカレーがうまそうだったので注文する。

……カレー味でした。

もうちょっとホタテ自体を味わえるチョイスにするべきだった。
(そろそろ自分でも「こいつアホだろうか」と思ってはいる。)

猿払の道の駅を出てまもなく、国道から海沿いにすこし入ったところに、エヌサカ線と呼ばれる野っ原の中の直線道路がある。
ある意味なんのへんてつもない、牧場の中の田舎道なのだが、内地からほっかいどの雄大さを求めてやってくるライダーやチャリダーの間ではけっこう有名だ。
本日のお目当ては、ここである。

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こんな感じで、360度地平線(一部水平線の部分もあり)が見える原野や牧草地の中を、一本のまっすぐな道路が走っているのである。
せせこましい内地の都会から来た人たちが心惹かれるのもわかる気がする。

ほっかいど内の田舎に住んでるワタクシが心惹かれるのはわかりにくいかもしれない。
しかし、ほっかいど内でも、景色はそれぞれ違う。
今住んでいる町の近辺は、同じ田舎でも山の中の曲がりくねった道だ。
出身地のサッポロと、次に住んだアサヒカワでも、ぜんぜん雰囲気が違う。
日本海とオホーツク海と太平洋でも、景色が違う。
どこに行っても面白い。

一生の間に、あと何シーズン、こんなふうに自転車旅行に出られるだろう。
行きたいところは、まだまだいっぱいある。

15:30頃、浜頓別に到着。
宿を探すが、見つからない。
予約のとき、宿の人に「非常に見つけにくいところにあるので、わからなかったらすぐに連絡してください」と言われていたので、電話してみる。

言われたとおり行くと、途中で何箇所かカンバンがあった。
それにしても見つけにくい。
わざと見つけにくくしているとしか思えない立地条件だった。

16:00頃、徒歩宿「トシカの宿」到着。
宿の人に、稚内から自転車で来てこの時間に到着したことを驚かれる。
道に迷わなかったら、もうすこし早く着いたはずなのだが。

~続く~
稚内モシリパユースの女性部屋は、3階である。
男性部屋は2階。1階が食堂と談話室。

ここも好きな宿なのだが、いちにちいっぱい自転車で走ったどどめが長い階段というのは、それなりにきつい。
3階のフロアに上がる直前の「最後の1段」が、それまでの段より微妙に高い。
その件についての注意書きもその段に直接貼ってあるのだが、わかっていてもいつもそこでつまづく。
一晩明けて、朝には同じ段でもつまづくことはないので、やはりチェックイン直後にそこでつまづく原因は疲労なんだと思う。

この日、同室には他に2名の泊り客がいた。
どちらとも、笑顔であいさつは交わしたが、1人は延々と荷物の整理をしていたし、もう1人のライダーさんは就寝直前まで外出していたので、会話は無かった。

ついでに言うと、ライダーさんは、洗濯物を乾燥機にかけたまま外出してしまって乾燥が終わっても帰って来ず、こういう場合に客が勝手に洗濯物を取り出すのはトラブルの元なので、1階まで降りていってペアレントさんに洗濯物の取り出しをお願いをしてから、また3階まで昇って自分の洗濯物を乾燥機にかけたんである。
ライダーさん、好感度いちじるしくダウン。
結果的に同じ運動量だったとしても、もし彼女が建物の中にいたんだったらそんなにイラつかなかったと思うが。
けっこう可愛いというかワタクシ好みのルックスだったし、アイサツとかは感じよかったのだが、対面してるときだけマナー良くてもな。(←小姑)

談話室に行って誰かと交流しようかなー、とも思ったが、この日は1階まで降りていくのが億劫で、そのまま寝てしまった。
食事のときに相席の人としゃべったのが唯一の会話だった。
でも、食事つきで泊まってた人全員男性だったんだよなぁ。
せっかく相部屋がいたのに女性どうしの会話が無かったのはちょっとさびしかったかもしれん。
まあ、オッサン達と話すのも楽しいのだが。
イクラ丼うまかったし。

~続く~
8月9日(月)、あまり早い時間帯だと自転車屋さんが開いてないだろうと思い、ゆっくり寝て9:00過ぎにチェックアウトした。

前日、道の駅で教えてもらった自転車屋さんは、自動車整備と兼業のところだった。
変速機の故障と聞くと
「直せないかも」
と、自信なさげな反応。
どうやら、自動車整備が本業で自転車も売ってる、という感じのところらしい。

それでも一応見てくれて、ワイヤーのゆるみを直してくれた。
すると、7枚の後ろギアのうち、1番軽いやつ以外の6枚まで使えるようになった。
ワイヤーの長さの他にも調整が必要だが、それは自信がなくてできないという。
とりあえず稚内まではたどりつけそうなので、それで充分ありがたい、と思っていたら、自転車屋のおじさんは、
「これから稚内に行くんでしょ?(←こっちはなんにも言ってないけどわかったらしい)
稚内なら大きい自転車屋がたくさんあるから、そこでちゃんと見てもらうといい。」
と、たいへん謙虚だった。しかも、
「あ~、お代はいいよ。」
……おじさんイイ人だなぁ。

お礼を言って出発。
しばらく走って、変速機のありがたさをものすごく実感。
自転車を降りなくても坂を登れるってすばらしい。
ありがとう、HONDAオート天塩のおじさん。
ありがとう、ギアチェンジを発明してくれた人類の叡知。

この日は曇っていたので、風力発電の写真が綺麗に撮れなかったのは残念だが、日焼けがあまり悪化しなくて良かった。


2010夏自転車旅行13

2010夏自転車旅行12 2010夏自転車旅行14

調子よく走って、稚咲内のドライブインで早めの昼食。
この辺はホッキ貝が名物らしいので、ホッキ貝のメニューから選ぶ。
ホッキ貝カレーにする。

……カレー味でした。

もうちょっとホッキ貝自体を味わえるチョイスにするべきだった。

このとき、すこし離れた席で昼食をとっていた自転車旅行中のおじさんとは、特に会話はなかったのだが、そのあと休憩中のおじさんをワタクシが追い越すのと、休憩中のワタクシをおじさんが追い越すのが交互に数回繰り返され、そのたびに手を振り合ってたので、後半は2人とも会うたび大笑いだった。

昼食後、稚内のユースホステルに電話をかける。OK。
ペアレントのおじさん曰く。
「夕食はイクラ丼なんですが、イクラは大丈夫ですか?
もちろん大丈夫です!!

イクラ効果で爆走。
15:00過ぎ、稚内到着。

『ツーリングマップ』(※『ツーリングマップル』ではない)に書いてある稚内モシリパユースホステルの特徴と、自分の記憶が合致しないので路上で首をかしげていると、通りかかったおじさんが、こちらからは尋ねてないのにいきなりユースホステルの道順を教えてくれた。
びっくりして顔を上げたら、稚内モシリパユースのペアレントのおじさんだった。

お礼を言っておじさんと別れ、教えてもらった目印の「コカコーラの自動販売機」から曲がって、40分ばかり道に迷った。
どうにか到着してから確認したところ、道に入る目印になる自販機の近くに、ワタクシが目印だと勘違いした自販機があった。
どちらもコカコーラの自販機だが、道案内してもらった位置からだと普通は間違えない。
アホである。

ユースでまずはとりあえず風呂に入り(もちろん手足にたっぷり冷水をかけ)、ペアレントのおじさんに教えてもらった「稚内市内で1番信用できる自転車屋」さんに向かう。

さすがに「稚内一」だけあって、自転車屋のおじさんは、すごく丁寧に調整してくれた。
前ギアも後ろギアもたいへんスムーズに切り替わるようになった。
ワイヤーが緩んだときの直し方も教えてもらった。
最後に、ワタクシの愛車について薀蓄たれてくれた。

「これ、ARAYAだね。今は生産してないんだけど。」
「そーなんですか! 確かに買ったのは10年くらい前です。」
「ARAYAは、値段の割りにすごくいい部品を使ってるんだ。」
「店頭で見かけて、あんまりかっこいいんで一目ぼれして買ったんですが、いい買い物だったんだなぁ。」
「大事にしたらいいわ。ARAYAのステッカー持ってるんだ。普通売ってない珍しいやつ。だいぶ前に、ARAYAの製品でちょっと不具合見つけたんで指摘したら、むこうも自信があるから絶対そんなはずはないって言ってたんだけど、よく調べたら俺の指摘どおりだったんで、侘びと一緒にくれたんだ。」
「すげ~! レア物ですね!」

……レア物のステッカーを1枚いただきました。
ラッキー♪

愛車もほめてもらって気分よく走ってユースに向かってたら、曲がり角を見落として、かなり通り過ぎた。
調子こきすぎ。

~続く~
天塩のビジネスホテルに入って最初にやったのが、バスルームで手足の日焼けに冷水をかけることだった。
1回目に冷水かけてから少し仮眠。起きて2回目。

数年前、炎天下の十勝平野を走ったときの火ぶくれになる直前の皮膚の状態になっている。
皮膚の痛みが頭の芯のほうまで響くのも、全身がだるく感じられるのも、そのときとそっくりだ。
完全に火傷である。
今日、十分に冷やせるかどうかが勝負だろう。

ビジネスホテルのバスルームは体を洗うには狭い。
2回目の冷水シャワーの後、近所の天塩温泉まで歩いていって入浴。
こちらは、露天風呂から日本海が臨めてたいへんよろしいのだが、露天風呂に入ろうとした瞬間
「あづづあづあづっ!!」
と、奇声を発して飛び出るという、マンガのごとき行動に出てしまったのであった。
風呂の温度じゃなくて、日焼けのせい。
しょーがないので、湯船はあきらめてぬるま湯で体を洗って、仕上げに手足に冷水をたっぷりかけて風呂を出た。
温泉なのに露天風呂あるのに利尻富士が綺麗に見える日だったのに

宿に戻ってさらに手足に冷水をかけてから、夕食に出かける。
この町にはたまに寿司を食いにくるので、この日もその寿司屋に行った。
元同僚のνさんとここに来るときは、小上がりでセットの寿司を頼むのだが、一人で来るときはカウンターでお好み寿司である。

ワタクシの他に常連らしきオッサンがもう1人座ってて、大将と話をしていた。
話しながら大将も客もなんとなくこちらにも視線を向けるので、なんとなく会話に参加。
しばらくすると、常連のオッサンの同僚らしきオッサンその2とオニイサンもやってきて、カウンターに座った。
最初のオッサンだけだとわからなかったが、3人一緒にいるときの雰囲気から推測すると、たぶん鳶職か左官屋さんといった職種の方かと思われる。

オニイサンが、オッサンその1の皿の蒸し牡蠣に
「これ食べていいっすか~?」
と聞きながらもう箸をつけている。
「うまい~! でも、牡蠣って当たったりとかってあるんじゃなかったっすかね?」
「アホかお前、生牡蠣ならともかく、蒸し牡蠣で当たるかっつーの!」
「今度、お前の体調の悪いときに加熱調理用の牡蠣買ってきて生で食わしてやるから、食ってみれ。」
横で聞いてて、会話がなまら面白かった。

オッサンその2は一升瓶を手土産に持ってきていた。
たいへん自然な流れでワタクシも御相伴にあずかったのであった。
銘柄は忘れたが、どこやらの地酒で、日本酒なんだけどアルコール度数がちょっとお高めの、なかなかうまい酒であった。
常連万歳。

ついでに言うと、オニイサンには「アホかお前~」と言ってゴーケツ笑いしていたオッサンその2だが、ワタクシには
「こちらもどうですか、飲みませんか?」
と、感じ良く尋ねてくれて、ギャップが面白かった。
たとえ、メガネと腕時計と指なし手袋と靴下とヘルメットのアゴ紐の跡だけ真っ白であとは真っ赤に日焼けしていようと、トリケラトプスの化石のTシャツにハーフパンツに素足にスポーツサンダルという怪しい格好であろうと、寿司屋のカウンターに1人で座ってビール飲んでる不審なオバサンであろうと、女性に対しては丁寧語であるらしい。
オッサンその2、紳士。

うまい寿司を食って、気持ちよく酔っ払って宿に帰る。
宿でまた手足に冷水をかけてから就寝。

アルコールが切れたのか、夜中に目が覚める。
再び手足に冷水をかけるが、眠れず。
しょーがないので、バファリンを飲む。
間もなく就寝。
バファリン万歳。

~続く~
8月8日(日)。この日は、やめてほしいくらいの快晴だった。
羽幌を出て稚内まで130km程度の予定だが、前日の峠越え含め120km弱がけっこうきつかったので、もしものときに途中で宿泊できるところを確保しておこうと、ユースのPCを起動。
しかし、めぼしをつけた徒歩宿のページにいくとフリーズ。
Macなので直し方がわからず、PCと格闘しているうちに朝食の時刻になった。
いかんともしがたいので、ペアレントさんにフリーズの報告をして食堂に行った。
昨晩も話をしたママチャリ旅行してるおじさんと同じテーブルになったので、調べてる途中だった徒歩宿の電話番号を知らないか聞いてみたら、さっそく昨晩も活躍したiPadで調べてくれた。

稚内のユースホステルには、昼前くらいまでにはたどりつけそうかどうかの判断がつくだろうから、そのときに電話してくれればいい、と言ってもらっていたので、とりあえずの目標を稚内、途中挫折した場合は90kmくらいの地点にある稚咲内の徒歩宿まで行く、というアバウトな予定で羽幌を出発した。

羽幌町内の薬局に寄って、日焼け止めを購入……と思ったら、時間が早すぎて開店してなかった。
そのままGO。
あとで後悔することになる。

しばらくこぎつづけていて、違和感を感じたのは、まだ羽幌町内を走っているときだった。
変速機のレバーを動かしても、いっこうにギアチェンジができないのである。
自転車を降りて確認したら、7枚ある後ろギアの一番きついところにチェーンがはまったまま動かない。
前ギアは、3枚のうち一番軽いギアにチェーンがかからず、真ん中か重いギアかどちらかしか使えなくなっていた。
前の重いギアはほとんど使わないので、実質切り替えなし。
ママチャリ状態である。

羽幌の市街地まで引き返せば、自転車屋があるはずだが、やはり引き返すのは億劫だった。
初山別村はわからないが、遠別町か天塩町まで行けば、自転車屋があるはずだ。
そのくらいの距離ならなんとか切り替え無しで行けるだろう。
そのままGO。
あとで後悔することになる。

実は、羽幌から遠別くらいまでの海岸は、特に起伏が激しいのである。

2010夏自転車旅行07

走りながら、ギアチェンジというものが如何にすばらしい発明であるかということが、身にしみて理解できた。
急な登りや長い登りだと、必死でペダルをこいでも止まってしまうのである。
そういう場合はもう、自転車を押して歩くしかない。
ママチャリならともかく、ドロップハンドルのスポーツサイクルで坂道を「押して登る」という行為のきまり悪さというものが、ご想像いただけるだろうか。
なんかもう、穴があったら入りたい気分である。

初山別村の端っこの方で小休止。
日曜日で閉まっている店舗の前の自販機で飲み物を購入して飲んでいたら、そのお店の人と思しきおばあさんがゴミ出しに出てきた。
アイサツしたら、そこで世間話になった。
どうやら、サッポロに住んでいる高校生の孫が、自転車でここまで里帰りしてきたりするそうなので、一目見て自転車旅行者とわかるワタクシにも親しみを感じたものらしい。
しばらくしゃべってから、ワタクシが自転車で旅行していることについて、
「若いっていいねぇ~。」と言われたので、リアクションに窮して
「いやあのワタクシ40歳なんですが……」と言ったら、ものすごくびっくりされた。
「あらぁ、旦那さんは? お子さんは?」
「結婚してないし、子どももいません。」
「あらあらあらあら」
「1人で楽しく好き勝手に生きてます。」
「あらあら、いいわねぇ。」
とは言っていたが、あの年代の方には若干理解し難いことかもしれない。

一応、村に自転車屋さんがないかどうかは聞いてみたが、この辺にはないとのことだった。
おばあさんに「気をつけてね~」と見送ってもらって出発。

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2010夏自転車旅行10 2010夏自転車旅行11

空が青いと、海も牧場も景色がとても美しい。
しかし、晴れの日の紫外線は強烈で、日焼けが火傷になっている。
直射日光が当たると、むちゃくちゃ痛い。

昼ごろ、遠別の道の駅に到着。
道路近くにある屋台みたいなところで昼食を済ませるか、延々と階段を登った丘の上にあるレストランまで行くか迷う。
階段の真ん中にカスケードがあり、涼しげに水が流れているのにつられて結局レストランに行くことにする。

入ったはいいが、沈黙に迎えられる。
オッサンとオニイサンの中間くらいの年齢の店員と目があっているので、こちらの存在に気づいていないわけではない。
少し待つ。
この時点で既にここに入ったことを後悔したが、これだけガチ目が合っていて黙ったまま店を出るのも怪しいので、しかたなくこちらから聞く。
「どこに座ってもいいんですか?」
「はい? なんですか? 聞こえません。」
「どの席に座ってもいいんですか!!」
「こちらにお願いします。」

じゃあ最初から案内しろよ!
というか「いらっしゃいませ」くらい言え!!


オーダーを決める。
がっつりタンパク質を摂取したい気分だったので、豚角煮丼に心惹かれてみる。
しかし、それだと米も油っぽいような気がする。米はあっさりしたのが食べたい。
メニューを引っくり返すと、裏に単品メニューがあり、豚角煮もあった。よし。
でもせっかく海沿いの町なんだから、海産物も頼みたい。
タコ刺しもいいが、角煮とタコ刺しだとメインディッシュばかりでちょっと重い。
タコと山芋のサラダに決める。

注文をとりにきたのが、件のオッサン(のようなオニイサンのような店員)だったので、ちょっとヤな感じがしたが、大人なので普通に注文する。
「豚角煮とタコと山芋のサラダと小ライスお願いします。」

最初にタコと山芋のサラダがきた。
マヨネーズの分量が異様に多くて気持ち悪い味がした。
タコ刺しにすればよかったと後悔。
というか、この店に入ったことを後悔。

続いて、豚角煮丼と小ライスがきた。

豚角煮と小ライス?!

運んできたオバサンに説明してオーダー用紙を確認してもらうと、間違いなく
豚角煮丼と小ライスに印がついている。

単品の豚角煮を注文したはずだと言うと、オバサンは謝ってくれたので、大人の対応をすることにする。
小ライスはキャンセルで、豚角煮丼を食べる。
味については、もはや何もいうまい。

会計がまたしても件のオッサン(のようなオニイサンのような店員)だったので、用心して見ていると、予想通り3品分レジに打ち込んでいる。

「小ライスはキャンセルになってるはずですが。」
「はい?」
「だから、単品の豚角煮と小ライスを頼んだはずなのに豚角煮丼がきてしまったので、小ライスの方をキャンセルにしたんです。」

大人なので
「おめーのミスだろーが、謝れや。」
とは言わなかった。

オッサンは(もはやオッサンだ)無言で、オバチャンによって既に赤で抹消線が引かれた小ライスの文字にさらに×印を書き込み、レジを打ち直して2品分の代金を請求した。
謝る気はないらしい。

ワタクシも大人なので、ただ奥の方にいるオバチャンに向かって
「ごちそうさまでした」とだけ言って店を出た。

その後、遠別町内で自転車屋さんを探したが、見つけられず。
町内のセイコーマートで時既に遅くなっている日焼け止めを買うついでに自転車屋さんの所在を尋ねる。
店員の若いおねえさんは、地図を出してきてていねいに教えてくれた。

その場所へ行くと、店は閉まっていた。
まあ、仕方あるまい。日曜日だからな……。

再び、変速機の利かない自転車をこいで、天塩町まで走る。
天塩町の道の駅の観光案内所で、自転車屋さんの所在を尋ねる。
若いオニイチャンが、「すぐ近くにありますよ」と、笑顔で応対してくれる。
地図を出して見せてくれたが、道の駅のすぐ隣だった。
礼を言って、すぐにその店に向かう。

店は閉まっていた。
まあ、仕方あるまい。日曜日だからな……。

再び道の駅に戻ると、オニイチャンは「どうしましたか?」と心配そうに尋ねてくれた。
店が閉まっている旨を述べると、
「もう1軒あったはず」と地図で示してくれる。
さらに、オニイチャンの上役らしきオバチャンも心配して、もう1軒の自転車屋さんに電話を入れてくれる。
案の定、そちらも休み。

次の「自転車屋さんがありそうな町」は、稚内である。
これから変速機なしで稚内まで走る元気はない。
道の駅の観光案内のヒトビトが親切だったので、そこで近辺の宿を紹介してもらうことにする。

いくつかある宿の中で、部屋にバストイレのついたビジネスホテルを探す。
なぜなら、日焼けした手足に冷水をかけるためである。
前日・前々日と、ユースホステルの風呂場でたっぷり冷水をかけたせいか、今のところ日焼けは火ぶくれにはなっていない。
しかし、今日の紫外線は強烈だったので、今晩どれだけ冷やせるかがヤマになりそうなんである。
幸い、希望通りバストイレつきの部屋があいていた。

16:00、天塩町内のビジネスホテルに、這うようにしてたどり着いた。

~続く~
2泊目の羽幌遊歩ユースホステルでは、たまたま女性の泊り客が少なかったのか、ワタクシだけで1室当たった。
相部屋の人と話をしたりするのもユースの楽しみの一つだが、この日は雨に当たったので、4人部屋いっぱいにモノを広げて干すことができてありがたかった。
風呂上りに缶ビールを買って談話室行くと、泊り客の皆さんが集まって雑談をしていた。

この日、ワタクシは華美金鳳鳥の化石がプリントされたティーシャツを着ていた。
普段、そのティーシャツを着ていてもその柄に注目する人は滅多にいないのだが、ここは違った。
「いいティーシャツですね。」
「化石好きですか?」
「なんの化石ですか?」
言われるまで忘れていた。羽幌といえば化石の名産地だった。
泊り客の中に、研究者の人とマニアの人がいたのだった。
ティーシャツはアサヒカワの科学館で買った旨を言う。
「ああ、今やってますよね、恐竜展。」
「あ、でも、今やってるちゃっちい恐竜展じゃなくて、何年か前にすごくいい展示やったでしょあそこ。そのとき買ったシャツなんです。」
「ああ、あのときの。あれは良かったですね。」
……こんな限定的な話題で、これだけちゃっちゃと話が通じたのははじめてだ。

1日目の快晴でものすごい日焼けになっていたので、一瞬で自転車旅行者と見抜かれた。
この日、他に自転車旅行者はもう1人いただけだが、自転車旅行経験者は複数いたので、「1日に何kmまで走れるか」という話題になった。
「僕は120kmくらいだなぁ。」
「ワタクシは180km走ったら宿に入った瞬間足がつったんで、たぶんそれが限界。」
「それはすごいな。」
しかし、その120kmのおじさんは、5段切り替えとはいえママチャリで回っているのだった。
ワタクシ、180kmは21段切り替えのクロスバイクだから走れたんであって、ママチャリなら120kmはちょっと無理。

ティーシャツ、日焼けに続いて、ワタクシの持っていた地図もけっこう注目を浴びた。
リング綴じだったので、
「それ、だいぶ古い版じゃないですか?」
と聞かれたのだった。
「いや、これ最新なんですけど。あれ、またリング綴じに戻ったんだなぁ、と思って買ったら
『ツーリングマップル』
じゃなくて
『ツーリングマップ』

だったんです。」

大爆笑。

「なにそれ、バッタモン?!」
「どこの出版社?」
「どっかに『メイドイン○ャイナ』とか書いてない?」
「見た感じ『マップル』にそっくりだね~。」
「ていうか、コメントほとんど同じ……」
「あ~、でも、ページが北からはじまってるんですよ。」
「なるほど、そーゆーところで差をつけようとしてるのか。」
「いつもと勝手が違うから使いにくいです。」
「そうだろうね~」

……と、住むところは違えど、夏休みのほっかいどリピーターという共通の文化圏に所属している人が多いせいか、いろいろ前提の説明とっぱらって即ハナシが通じるので、会話が面白かった。

とか書くと、ほっかいどリピーターばかり楽しいマニアックな世界みたいな印象になりそうなんで、イチゲンさんに敷居が高いようなことは全く無い、ということは付記しておく。
常連さんたちは、みんなが話に加われるようになんとなく気を使っているように思われたし、談話室にペアレントの方もいて、その場にいるなるべく色々な人に話題をふるようにしていた。

そんな中で面白かったのが、化石の研究が本職でインディーズバンドやってるオニイチャンの話だった。
誰でも知ってる某有名大学の大学院生で、現在はボーズ頭に地味な服装なのだが、youtubeにUPされてる彼が学部生のころ動画ではちゃんとロッカーらしい姿で、ギャップがなんとも言えず。
自作の歌の中には化石についてのものもあった。
みんなでiPadをのぞきこんで盛り上がった。
その当時のバンドは解散したそうだが、今後また別口でライブをやる予定があるそうだ。
こんな感じで、自分にはあまり縁のない世界の話を聞けるのも、また楽しい。
11時くらいにペアレントさんが「じゃあそろそろ」と言って、おひらきになるまで、泊り客ほぼ全員で雑談をしていたのだった。

~続く~
8月7日(土)、朝から空全体を雲が覆い、雨が降る可能性もあるという。
しかし、昨日のカンカン照りで真っ赤に日焼けしてけっこう痛かったので、快晴よりはまだ小雨の方が歓迎である。

朝食のとき、昨晩も話をしたテツの方が、乗っているだけで行きたいところに連れて行ってくれる「列車」は母性の象徴であるという話をしていた。
そんなわけで、テツには男性が多いらしい。

ワタクシが、
「最近女のテツもいるそうですけどね。まあでも男女問わず人類皆マザコンだから説明はつくか。」
というようなことを言ったら、テツさんは
「自分はまだ女のテツと実際に遭遇したことがないんですよ。」
と言っていた。
ただ、すこしまえに泊まったユースで、女テツと直接出会ったことのある人から話を聞いたことがあるので、実在することは確かだろうとも。

……なんか、語られ方だけ聞いてると、都市伝説の様相を呈している。

しかし、女チャリダーという立場にある者としては、女テツという存在にはちょっと親しみを感じている。
多分、女性の旅行者というくくりの中でのチャリダーやテツはマイノリティだし、
チャリダーやテツというくくりの中で女性であるということもマイノリティだ、
ということに由来する気持ちではないかと思うのだが。
こうやってユースだとか徒歩宿だとかに泊まるような旅をしていたらそのうち会う機会もあると思うので、そのときはぜひ話をしてみたいと思う。

「列車が母性を象徴する」という話に戻るが、
乗馬にハマる人に女性が多いというのにもなんとなくそういう説明ができそうだ。
つまり、自分より大きくて力の強いものを、腕力ではない力で自在に操るという……すみません、ちょっとブラックでした。

ブラックついでに言うと、よのなかの女性は「腕力とは違う力で男性を操る」練習を、幼少時から父親でやっている。
多くの女性にとって、生涯で最初に「鼻の下伸ばして自分の要求を聞いてくれる男性」が父親である。

というわけで「馬は父性を象徴する」。
……かもしれない。

なんか、ミもフタもない感じになってしまうので、ちょっとフォローを試みる。
ゆうきまさみ『じゃじゃ馬グルーミンUP』の登場人物の梅ちゃんが、
「馬は、力強さとか優美さなどの、女性が男性に求める美点を全て備えている」
みたいなことを言っていたような気がする。(うろおぼえ)
「馬は、理想の男性像としての父性を象徴する」
こんなところで穏当だろうか。
そういうことにしておいてください。

自転車はなんだろう、と考えてみた。
そして、「モビルスーツだ。」という結論に達した。(←「象徴」はどうしたよ。)

1日に自転車で走れる距離は、足で歩ける距離と比べてずっと長い。
しかし、自転車で走った道のりは、まぎれもなく自分自身の脚の力によって移動したものである。
自分の力を増幅してくれる乗り物が、自転車だと思う。


……と、全然紀行文ではない話を延々と続けてしまったが(このあたりの道のりについて調べたくて検索かけてる人にとってはいい迷惑。)、そろそろ出発する。


本日のテーマは、内陸から日本海岸に出ることである。

ユースから街中の道を避けて、まずは朱鞠内湖をめざした。

街中を避けたために、最初の30分くらい、水を購入することができなくて困った。
ユースの隣の公園の自販機で買っておくべきであった。
本格的な田舎道に入る直前に、やっと自販機を発見。
すこし道を逸れたけっこうな下り坂の下の方にあったのだが、背に腹は変えられないので購入。

道道688号を西へ。
たいへん景色が美しく、ときどき写真など撮った。
曇り空は体力の消耗が激しくない点ではいいが、写真にするとぱっとしないのが残念。

2010夏自転車旅行01 2010夏自転車旅行02 2010夏自転車旅行03

そのうちだんだん登りがきつくなってきたが、最初の目印の名母トンネルになかなか到着しない。
トンネルはあまりくぐりたくはないのだが、とにかくトンネルに遭遇するまでは登り坂が続くので、まだかまだかと思いながらペダルを踏んだ。
何度かカンバンにだまされた後(「トンネル内ラジオ入ります」看板が、トンネルまでずいぶん距離のあるところからたっているのである)、やっと本日の1つめの難所・名母トンネルに到着。

難所というか、単に長さが2km以上あるってだけの話だが。
まず、まっすぐなトンネルなので、入った瞬間から出口が見える。
住んでいる町にあってよく通るトンネルは、ここほど長くはないが、曲がっていて出口がなかなか見えないため、どこまで続くのかと不安にかられるのである。
こうやって最初から出口の見えるトンネルを通ってみると、…………見えている出口が一向に近づいてこないというのも、それはそれで不安であることがわかった。
まあ、それくらいのものである。
トンネル内も明るいし、道幅が広いし、交通量も少ないので、実際通ってみると想像していたほど大変ではなかった。

トンネルを通り過ぎてしばらく走ると、「ここで戦後の国内最低気温(氷点下41.2度)を記録した」という記念のモニュメントかなにかがあるところを通るはずなのだが、発見できず。
そのまま国道275号に入る。

そこから朱鞠内湖までも、ややしばらく走るので、見えてきたときはなかなか感動する。
特に、橋を渡るときの景色の移り変わりが良い感じである。
しかし、時間もないので湖畔はスルー

2010夏自転車旅行04

途中でまた小さいトンネルを通り、国道275号から国道239号に入る直前にある蕎麦屋についたのが15:00ごろ。
ここまで食堂の類がなかったので、やっと昼食である。
いいだけ腹が減っているので、蕎麦だともたないかもしれないという心配もあるが、せっかく幌加内町に来て蕎麦を食わないというのもなんなので、鴨せいろ蕎麦と明太子ご飯を頼んだ。
やや味付けが濃かったが、体力を使っているので、塩分がとれたのはまあ良かった(かもしれない)。

ここを発って国道239号に入ると、まもなく本日最大の難関である霧立峠と、その後延々と続く山道である。
峠自体もアレだが、日没に向かう時間帯に峠を含めて50km以上山の中を走るのが、なにより厳しい。
なんといっても、このへんは『羆嵐』で有名な三毛別の近くなんである
なんとか真っ暗になる前に、人里にたどり着きたいところである。

熊鈴を鳴らし通しながら、曲がりくねった峠道を登る。

2010夏自転車旅行05

この霧立峠を通過している間中、あたりは霧だった。
ときどき、霧と霧雨の間くらいの細かい雨粒が、ぱらっと来たが、降るところまでいかずに、なんとかもった。
脳内BGMは、5月の四重奏演奏会で弾いた、太郎冠者氏作曲の『3つのマンドラのための組曲3 R-274』2楽章「霧の海に沈む」である。
そういえば、ここまでの間にけっこう樹海も通ってきているなぁ、と、1楽章「樹海を馳せる」も思い出す。
これで昨晩ユースに泊まったときにいつものように近くの温泉に行っていれば、帰りに星と夜景の美しい地点に寄るので、3楽章「星の海を見下ろす」もできて、3楽章全部制覇(←なにがどう制覇なのかわからんが)だったはずなのだが、そんな余裕はなくてユースのシャワーで済ませたのであった。
惜しいことをした。

などと、謎の考えごとをしながらヒーコラこいでいるうちに、霧立峠のてっぺんである。
ここから苫前町になる。
件の三毛別羆事件の舞台となった苫前町のカントリーサインは、

2010夏自転車旅行06

もちろんヒグマである。

たのむからやめてくれ……。

霧立峠を越えても40km近く山道のはずなので、もうすこし上り下りがあるものと覚悟していたが、峠をすぎたらほとんど下りだった。
ほんとにこんなに下っちゃっていいのか、その分あとからすごい登りとかやめてくれよ、と思いながら走っていたけれども、やっぱり下りだった。
とはいえ、暗くなる前に通過してしまいたいので、けっこう力いっぱいこいだ。
もちろん鈴も力いっぱい振った。

しかし、山の中で日没が早いらしく、天候も良くないのでどんどん暗くなる。
かなりスリリングだった。
幸い、海岸に出るまでにときどき遭遇する集落は数軒単位の小さいものだけだろうという予測がいい方に外れ、すこし手前の古丹別が小学校もあればセイコーマートもあるそれなりに大きい集落だったのは、たいへん助かった。

19:10、苫前橋に着いたときには既に真っ暗で、眼前に海がひらける光景は残念ながら見えなかった。
進路を北に向け、海岸沿いの国道232号を羽幌町目指して走る。

羽幌のユースホステルに入るタイムリミットが21:00で、普通に考えると余裕がある。
どこかで夕食、とも思ったが、自分の方向音痴と羽幌ユースの見つけにくさを考えてやめておく。

この道はけっこう起伏が激しく、登りのてっぺんから苫前港のあたりを見下ろすと、規模は小さいながらそれなりに夜景が綺麗であることに気づく。
一応「星の海を見下ろす」感じにはなる。
『3つのマンドラのための組曲3 R-274』全楽章(一応)制覇。

羽幌まで来たところで、いままでなんとかもってきた天気がくずれ、ついに雨が降り出した。
やりすごせる雨量ではなかったので、レインスーツ着用。

ずぶぬれになりながら地図を頼りにユースを探すが、見つからない。
これはあきらかに通り過ぎている、と思ったあたりでセイコーマート発見。
夕食にパンを買って(海産物のおいしい町なのに……)、店員さんに道を尋ねる。
店員さんは、地図を持ってきて、非常に丁寧にユースまでの道を教えてくれた。

だいぶ引き返して、なんとかユースに到着。
20:20、どうにかチェックインに間に合った。

というか、20:20 ?

……やっぱりなんか海産物を食べられるところに寄れば良かった。

~続く~
1泊目の夜、ユースホステルの居間でビール飲みながら地図をみていたら、すぐ隣に座ってた若い男性のお客さんと若い女性ヘルパーさんの会話が耳にはいってきた。
近隣のおもしろいところについての話題で、まざろうかな、とも思ったが、若い男女の会話に割って入るのもアレかも、とも思ってしばらく黙っていた。
しかし、せっかくそんな大人の判断をしたにもかかわらず、彼らの話題がトロッコになったときに反射的に割り込んでしまった。
ニウプトロッコ王国?」
「そうそう、それです!」
トロッコがよほど面白かったと見えて、ヘルパーのお姉さんニコニコうなずいている。
なんか、お姉さんとワタクシと2人で、テツの男性客にトロッコをおすすめする展開になった。

そのうち、もう1人の若い女性ヘルパーさんと、さらに若い男子大学生の客も合流して、
それぞれナニをやってる人か、とか、そういう話題になった。

ヘルパーその1さん(仮名)は、ずいぶん若いと思ったら女子大生だった。
ユースのヘルパーというバイトを選んでる時点で「いろんな人と会って話をしたい」タイプなんだろうけど、ほんとに明るくて人なつこくて好奇心のかたまりみたいな感じ。
ちょっと天然入ってるけど、将来の展望とかしっかりしてて、そのためにしなければならない苦労に対する覚悟とかもちゃんとしている人で、話してて楽しい。

テツの男性客は大学出て働きはじめたくらいらしい、工学部の出身で専門は金属という話なので、多分技術者。
ワタクシが
「工業系で金属の研究ったら、展性がどうとか、引っ張り強度がどうとか?」
と聞いて、テツさん(仮名)が
「まさにそれです。」
と答えたら、ヘルパーその1さんがワタクシに
「こちらも金属が専門なんですか?」
……訂正。「ちょっと」じゃなくて、「かなり」天然だ。

そのうち話題はなぜか「ゆとり世代か否か」に滑っていった。
ヘルパーさんたちは、「ギリギリセーフ」の世代で、小学校でならった円周率は「3.14」なのだと言っていた。
「『円周率3』とか、許されないですよね。」とも。

そして、ヘルパーさんその2さんの目がキラーンと光り、一番若い男子大学生にいきなり質問。
「台形の面積の公式は?」

男子大学生、とっさに答えられず「ゆとり世代」認定

と、思ったら、ちょっと口ごもりながら
「ぼくは数学が専門で……台形の面積は積分を使うと……」
と反撃に転じようとしたが、
その2さん「そこで積分使う必要ない。」
ワタクシ「専門が数学で台形の面積がすらっと出てこないとは。」
で、あえなく撃沈。

それから彼は、なんとか思い出そうと試みて、平行四辺形のとひし形のがまじったような面積の公式をあらたに発明してみたりしたが、ついに手を打った。
男子大学生「思い出した!『上底+下底×高さ÷2』だ!」
その2さん「カッコが抜けてる。『上底+下底×高さ÷2』」
轟沈。

その後、ヘルパーその2さんは、フォローしようと思ったのか、高校のときの先生が「ゆとり世代が悪いわけではない」と怒っていた話をしていた。
「ゆとり世代というのは、ゆとり教育の被害者のはずなのに、世間はまるでゆとり世代自身が悪いような論調になっている。」と、いうのがその先生の主張だそうだ。
もっともである。
「そういえばそのとおりだよね。」
「いい先生だね。」
という結論に達したが、件の男子大学生を浮上させるには至らなかった。

その後、話題は再びほっかいどう観光に戻り、ほっかいどリピーターのテツ氏(仮名)と、ほっかいど居住者のワタクシが使っている「支庁」という言葉について、ヘルパーその1さんが質問してきた。

確かに、支庁のない地域の人にはわかりにくい概念かもしれない。
ついでに言うと、今年の4月から「支庁」でなくて「振興局」になっているのだが、それに言及するとますます話がややこしくなるので省略。
「ほっかいどは、他の都府県と比べると広いので、14の支庁に分かれていて……」
そんな大雑把な説明だったが、ヘルパーその1さんは納得した顔で手を打った。

「そうか、アメリカの『州』みたいなものですね!」


~続く~
8月6日(金)、早起きして窓をあけると、自転車旅行にちょうどいい感じの曇り空だった。

前日は仕事で帰宅が遅くなったので、旅行の準備は当日の朝。
慣れているせいか、荷物はちゃっちゃとコンパクトにまとまる。
すごいぞ自分。

玄米ご飯と大根の味噌汁でしっかり朝食をとったあと、旅行の届を書いて職場に提出に行く。
準備悪過ぎ。
そのうえあろうことか、うっかり洗濯機を回してしまい、出発が遅れる。

まあ、「今年は雨降りが多くてあまり自転車に乗れていなかったから、初日はウォーミングアップだ。」と思って距離も80kmくらいにしておいたので、余裕はあるのだが。
早めに出発してそのぶん宿泊先でゆっくりしようという目論見はここでもろくも崩れ、いいかげん日も高くなった10:45頃、やっと出発した。

その頃には、朝方空を覆っていたはずの雲が消えかけていて、日焼け止め塗ってくれば良かったかとやや後悔する。
サイクリング用のパンツの上にハーフパンツをはいていたのだが、自転車に乗ると裾が膝よりすこし上になってしまい、フトモモの下の方が日に焼けて痛くなりそうな感じだった。
これがハーフパンツでなくてスリークォーターパンツだったら、涼しさは変わらずに膝のすこし下あたりまでカバーできるのだが……

というところまで考えて、ハタと気づく。
スリークォーターパンツ、持ってるはずだよワタクシ。

登山用品店で買った、生地なんかも夏のアウトドア向けのやつを2本。
ここ数年の自転車旅行ではいつもそれをはいて出かけてたはずである。
それなのに、存在自体を忘れていた。
いくらなんでも忘れすぎである。
なんか荷物が妙にコンパクトだと思ったら、コレのせいだ。

11:00頃、自宅に引き返す。
スリークォーターパンツの有無で、自転車旅行中の快適さは雲泥の差だ。
タンスや衣装ケースをひっくり返して探す。

無い。

もしかして職場のロッカーか、と思って再び職場へ。

当然無い。

自宅に戻って、もう一度最初から探す。

やっぱり無い。

12:00、スリークォーターパンツ所在不明のまま出発。
旅行が終わって帰宅したとたん見つかりそうな気が激しくするが、タイムリミットである。

天気はすっかり快晴になり、太陽は南中している。
モモからフクラハギの外側にかけて、じりじりあぶられて赤くなってくる。
戻ったときにせめて日焼け止めを持ってくるべきであったが、もはやどうでもいい。

暑い上に、出発が遅れた分をとりかえそうとけっこうなスピードで走っていたので、最初のうちはかなり汗が流れていたはずなのだが、数十キロ走ったあたりでハタと気づくと皮膚が乾いている。
?????と思って、自分の腕をまじまじと見てみたら、
汗腺から塩の結晶を噴いてた……。

聞いたことはあったけど、はじめて見た。
水分補給は15分に1度くらいの頻度でしていたのだが、それでも追いつかなかったらしい。
もし体調に問題が発生したら、駅に自転車を置いて列車で宿泊予定のユースホステルまで行くなり帰宅するなりしよう、ということも考えた。

しかし、どうも自転車に乗っているとトランス状態になるらしく、ボーっとペダルを踏んでいるうちにユースまでの道のりの最終、森の中の道に入り込んでいた。

入り込んでいることに気づくと同時に、やや遠回りでも街中を経由する道を選択するべきだったと後悔する。
刻々と暮れてゆく森の中で、激しく熊鈴を鳴らしながら40分間のラストスパート。

木立の向こうの動物のシルエットがものすごく怖い。
今のは首の長さからして鹿! 絶対鹿!!
妙に大きかったけど間違いなく鹿!!!

日がとっぷりと暮れて真っ暗になり、もしかして今日がワタクシの命日かも、と思い始めた頃、ユースに到着。
初日から既によれよれである。

~続く~
四十路を記念して(嘘)、日本最北海岸を自転車でめぐることにした。
海岸に出る前に、とりあえず内陸を南下。
なぜなら、現住所から最短距離で最寄りの海岸をめざすと、旅程が短くなりすぎるのである。

予定では、内陸を南下したあと苫前に出て日本海岸沿いに北上し、宗谷岬をまわってオホーツク海岸沿いに南下、興部から内陸に入って帰路に着く、ということになっていた(過去形)。

若干のリベンジ要素を残した今回の自転車旅行のきっかけは、そもそもリベンジである。

今を去ること数年前。
浜頓別からオホーツク海岸を北上して宗谷岬を回り、日本海岸を南下する自転車旅行を決行したことがある。
その際、旅のちょうど真ん中あたりで泊まった稚内のユースホステルで、ペアレントの方からたいへん有効な情報をいただいた。

曰く。
「このあたりの風は、オホーツク海岸は北から南に向かって、日本海岸は南から北に向かって吹いている。
だから、日本海岸からオホーツク海岸に向かって走ると常時追い風で、
オホーツク海岸から日本海岸に向かって走ると向かい風になる。」

……そういえば、そのときまでずっと向かい風だったことに思い当たる。
そして、残りの道のりも、ずっと逆風の中を走らなければならない、ということが予言されてしまった。
蛇足ながら補足させていただくと、この近辺は風力発電のプロペラがいたるところに立ち並ぶ強風地帯である。

予言どおり、こいでもこいでも遅々として前進しない自転車の上で、ワタクシはリベンジを誓った。
次の機会には今回とは逆方向にまわり、常時順風の中を走るのだ、と。

~続く~
2010.08.14 13日の金曜日
自転車旅行記に入る前に今日の日記、
と思って書きかけたら寝オチしてましたんで、昨日の日記です。

昨日と今日、2日日程の会議のため、サッポロの実家に滞在中です。

昨日の会議のあと、
「せっかく平日にサッポロに来ているんだから」
と思い立って、地下鉄に乗って実家に住んでた頃の行きつけの整体に行きました。

盆休みでした。


気を取り直して再び地下鉄に乗り、実家に住んでた頃の行きつけのスリランカ・カリー屋に行きました。

盆休みでした。


気を取り直して大通り公園まで歩き、ビアガーデンで生ビールを1杯。

ぬるかったです。


気を取り直せずに帰路につき、実家の最寄の地下鉄駅で降りると、入ったことのない近所の店に「スリランカ・カリー」の表示。

思わず入りました。
当然スリランカ・カリーをオーダー。




……トマトケチャップ味でした。

この日1番のガッカリ。
2010.08.06 いってきます
毎年恒例の自転車旅行に行ってきます。

ことしは、ほっかいど最北部の海岸線制覇が目標です。
苫前から日本海岸に出て、宗谷岬をまわり、オホーツク海岸を走り、興部から内陸に入って帰路につく予定。

大きな峠もなく、わりと的平坦なコースではありますが、今シーズンは雨続きであまり自転車に乗れてないので、息切れ・筋肉痛が心配です。
おまけに旅行中もたびたび雨降りになりそう。
トシもトシだしな。
40歳を迎えて最初の自転車旅行だったそういえば。

というか、今朝は9:00くらいに出発の予定だったのに、うっかり洗濯機を回してしまって遅れまくりです。
もう出ないとやばい~。

ではでは、いってきます。
おまつりの巡視に行って、終わったあとに雑談してたら、保護者メンバーの1人に
「そういえば、こないだ豪雨で列車が止まったとき乗ってたセンセイって誰か知ってる?」
と聞かれました。

はい、ワタクシです。

っていうか、その方、ほぼワタクシだと確信して聞いてましたね。たぶん。
町内のガッコーのセンセイ方の中で列車のヘビーユーザーといえばワタクシくらいだ、という事実は、この町内の人の子の親なら大抵の方がご存知です。

件の保護者様、列車に乗り合わせたメンバーがおばあちゃん3名とガッコーのセンセイ1名だったとか、いろいろ連絡とってくれたのがセンセイだったそうだとか、なんだか詳しく知ってらしたようです。
「なんでそんなに話が広まってるんだろ?」と聞いたら、
「いや、たまたまそのおばあちゃんたちのうちの1人がウチの職場の人で、話してくれたんだ~」とおっしゃってました。

その話を人から聞いたのがそのときはじめてだったとしたら、
「ああそうか、たまたまそうだったんだ~。」
と思うところですが、昨日も人からその話を聞かされてます。

話をふってきたのはセイトだったのですが、
JRが止まって、おばあちゃんたちと車で帰ってきたガッコーのセンセイって、幾狭センセイ?」
と、ずばり聞かれました。
「そのおばあちゃんたちのうちの1人が、うちのおばあちゃんの友達だったんだよ。」

……たぶん、いろんなところで、3人のおばあちゃんたちのうちのだれかからその話をたまたま聞いている人が、いっぱいいるとみました。

ちなみに、そのセイトの話には、
「おばあちゃんの友達、最初はセンセイのこと男だと思ったんだって~
と、いつものオチがつきましたよ……。
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