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先週末の話になります。
まだ道端の雪は消えていませんが、アスファルトの路面はほぼ乾いた状態になっていましたので、久しぶりに近所を散歩しました。

ワタクシは、この街に来てからこっち、特に冬季の頭痛に悩まされております。
非常に寒いのと趣味の自転車や散歩のできない期間が長いためかと思われるのですが、冬が深まるにつれて肩凝りが極まっていって、2~3月くらいにはほぼ常に頭が痛いのです。
サッポロやアサヒカワに住んでいたころには、ここまで酷くなる前に整体に行ったりしていたのですが、この街はなにしろ僻地で、退勤した後に整体に行くのが困難なのでした。

当初はバファ○ンを飲むとあっさり治っていたのですが、最近はなんだかちっとも効かないので若干焦っております。
(こないだローティーンの女の子達と雑談してて、「最近バファリンが効かなくてさ~」とこぼしたところ、額に冷えピタはったコが「バ○ァリンよりイ○゛の方が効きますよ~」と教えてくれました。あはれ……)
それが、春先になって散歩やサイクリングに出かけられるようになると、劇的に軽減するのですよ。
気分の問題もあるかもしれんし、やっぱり体動かすと血行が良くなるんでしょうね。

そんなわけで、道の雪が融けて歩きやすくなると、まずは週末に散歩に出るのです。
家の裏の山は、気持ちのいい遊歩道もあるのですが、そこはさすがにまだ雪に埋もれているので、舗装された車道の方を通っててっぺんまで登りました。
特に何をするでもなく、一人で下界を見下ろして偉大な存在になったような錯覚を楽しんだ後、もと来た道をてくてく降りていきました。
山の中腹のあたりにさしかかったとき、道端の小さな駐車スペースで丸くなっていた狐と目があってしまいました。

冬毛がそろそろ抜け替わるというシーズンなのか、たいそうみすぼらしい毛皮狐でした。
あらー、と思いながら目を合わせたまま通り過ぎようとしたら、狐が立ち上がっててこてこついてきてしまったのです。

だれだよ!? ここで餌付けしてるヤツは!!

しばらくシカトして歩いていたのですが、小さい山なので、ふもとまですぐです。
たいして交通量は多くないとはいえ、一般の車道に出てきたら危険このうえない。
まあ、深夜に退勤して自転車で自宅に向かう途中、気付いたら狐と併走してたこともあるんで、連中も車道までやってきてはいるのだろうが、自分についてきたせいで轢かれたとかいう事態は寝覚めがわるいので、できたら避けたい。
なにより、まかり違って接触するようなことがあったら、エキノコックスが怖いのです。
死に方にも色々あるだろうが、寄生虫にやられて死ぬというのは最も避けたいパターンだ。個人的に。

くるっと振り返って狐と対面すると、彼(彼女?)は、びくうっ!! となって逃げそうになりながら必死で踏みとどまるようなリアクション。
餌付けしてるヤツに殺意を感じましたよ。
本狐のためならここでこっぴどく脅しつけて人に対する恐怖を教えるべきなんだろうが、そこまで本格的な動物好きでもないので、なまぬるく説諭しました。

「ここから先は危ないから、山に帰んなさい。」
狐は、背後に向かって指を差されてビビッてましたが、ワタクシが歩き出すと、やっぱりついてくる足音がします。
再び立ち止まって説諭。
「なんもあげられん。帰れ。」

……やっぱりついてきます。

思いたって、馬にニンジンをあげ終わったあとの、「おしまい。もうないよ。」のポーズをしてみました。
体側より少し前で両腕を広げ、両方のてのひらを狐のほうに向けて、ぱっと開きます。
「はい、なんも無し。」

そのまま踵を返し、ふもとに向かって歩き出しました。
もう、ついてくる気配はありません。

まさか野生動物にも、このゼスチャーが通じるとは。
飼い馬だから伝わるもんだとばっかり思っていたのですが……。

……もしかして餌付けしてるヤツ、あのポーズで「おしまい」にしてるのか!?
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というわけで、首里城です。

首里城12 首里城13 首里城15

掛け軸は、麒麟と鳳凰かな?
扁額は中国の、どの王朝だったか忘れたけど、そこからもらったやつ。(テキトーな説明だ。)


首里城16 首里城17 首里城18

御差床。玉座ですね。座ってみたいです。金ぴかの龍柱が素敵です。

首里城19 首里城20 首里城21

王冠と、金印。
金印は、朝貢した国の王に「あんたがそこの国王だってことを、偉い中国の皇帝が認めますよ。」ってやつですね。

首里城22

係の人が、琉球王朝の官吏の服装をしていたのも、雰囲気出てて良かったです。

このあとしばらく写真がないんで、たぶん撮影禁止の区域に入ったんだと思います(うろおぼえ)。

見学した部屋とか展示品とかの中で、印象に残ったものとしては、まず楽器ですね。
各国の使者をもてなしたり、薩摩に支配されてからは江戸のぼりで披露したり、といった機会で発展したようです。
楽器自体も面白かったですが、「オキナワには現物が残っていない古楽器が、内地の大名の家に残っていたり」というエピソードも面白かった。
そんなコーナーでワタクシは、江戸時代の笑話集に出てた「りうきうなる稚児」の話を思い出して不気味に一人笑いしてたりしましたが。(江戸のぼりでやってきた琉球の美少年が、帰りの旅費に困って子ども茶屋に身売りし……以下自主規制。)

「王子様之図」も、けっこう衝撃でした。
歴代の王様とかの肖像が並んでるコーナーで、絵の中には「王子様之図」って書かれてるんですが、
その王子様が髭面のオッサンだったのです。
νさんと2人で、「王子様はヒゲはやしてちゃダメですよね~」
と、言いながら笑って見ておりました。
なんというか、王子「様」と書いてあるのがツボでしたね。

琉球王国では、単に「王の子」だからといって「王子」という身分になれるわけではなく、王の子のうちでも明とか薩摩の使者を接待するような重要な役割を立派に果たした実績の持ち主だけが「王子」様だったようです。
そうなるとやはり、おとぎ話に出てくるような貴公子のイメージよりは大分威厳のある人物というか、はっきりいって王子様といえばオッサンだったんでしょうな、実際のところ。

その、王子様が中国や薩摩の使節を接待したらしい部屋(鎖之間)で、お茶とお菓子をいただきました。
琉装の係の方の解説付きで、当時の冊封使も楽しんだであろう庭を眺めつつ、ステキな器に入った特大ちんすこう(←食べやすいように小さな棒状になったのはわりと最近の話らしいです)だとかカステラっぽい何かだとかを、さんぴん茶とともに食すという、なかなかゼイタクな趣向です。
金額は忘れたけど、3~400円くらいだったと思います。
値段の割にはお菓子の量が多かった印象があるなぁ。
味については、オキナワ料理の多くと同様好き嫌いがあると思いますが、ワタクシはけっこう好きです。
アジアンスイーツがお好きな方はぜひ食してみてください。

屋内をひととおり見学して再び外に出ると、あいかわらずの晴天です。ほっかいど民には熱いです。
1月だというのに、νさんの日陰センサー発動。
紫外線を避けてジグザグに歩いていく姿に思わず微笑んでしまうのですが、10年後に微笑むのはνさんの方なんだろうなぁ。
ちなみに10年後は我々50歳です。

首里城24 首里城27 首里城29

どこの門だったかを出るとき、ちょうど門の前で記念撮影してる人がいたので、一度門内に引き返して写真を撮り終えるのを待ってから出たのですが、そのときに撮影してた人たちがちゃんと気付いていてワタクシたちにお礼を言ってくれたのが嬉しかったです。
こういうのが特別に印象に残ってるってこと自体がアレですけどね。
それと、嬉しい成分の半分くらいは自分達がイイことしたなぁ、という自己満足だったりもしますが。
それはそれとして、気分が良かったんだからこれでいいのだ。

その後、守礼門あたりまで引き返し、首里公園内の首里杜館に入りました。
観光センターとレストハウスといった感じのところです。

首里城30 首里城シーサー6 首里城シーサー5

ここのシーサーも立派でした。

首里城23

おそらくここのトイレのものと思しき手洗い場の写真(うろおぼえ)。
左側の細い金属管は液体石鹸がでるところ。水道水は、正面の獅子口からでてきます。

首里城シーサー7

館内のレストラン入り口のシーサー。
昼食は、ここの沖縄ソバでした。

その後、館内外のみやげ物店で、いろいろ物色。

なにが目につくといって、書籍ですね。
『シーサーあいらんど』とか『城のしおり』だとか『うちなー観光教本』だとか『意外な首里城王朝史』だとか、なんだかんだてんこ盛り、本を買ってしまいました。

しかしなんといっても、この日のみやげ物の圧巻は、ローカル特撮ヒーロー『琉神マブヤー』のDVDでした。

ワタクシが買ってしまったのは意外でもなんでもないんですが、νさんまで『マブヤー』買っちゃったよ。
どうしたのかと思ったら、甥っ子ちゃんの土産にするらしいです。
あーびっくりした。νさんまでオタクに転向したかと思った。

『琉神マブヤー』は、ニライカナイからやってきた魂の戦士で、日夜ツンデレ美少女のクレアちゃんに平手打ちだとかグーパンチだとかをくらいながら、ハブデービル親方ひきいる悪のマジムン軍団と闘っているのです。
などと書くとふざけた感じなんですが、ローカルTVで放映されただけあって予算面の制約を感じさせる部分はあるものの、内容的には非常にすばらしい物語でした。
どこがすばらしいかは、詳しく書くとネタバレになってしまうので難しいなぁ。
たぶん「正義の戦士」じゃなくて「魂の戦士」であるというのが納得できるラストです。
ツッコミどころ満載だけど、それも笑って許せる感じ。
脱力しながら本気で感動してる自分がいますよ。

マジムン軍団のハブデービル親方がマブヤーに言ったセリフで印象に残っているもので、
「ハブと沖縄空手の共通点を知っているか。」
というのがあります。
答えは、「自分からは攻撃しない」というものでした。

これを聞いたとき、読谷村の民俗資料館で配布されていた、沖縄の人が沖縄方言で語っているのを書き起こした資料について思い出したのです。

沖縄が薩摩の侵略を受けたことについて、「(この頃の琉球の人々は)けんかの仕方がわからない」から、「(薩摩の兵隊は)無人の野を行くごとく」島を蹂躙した、とあります。(かなりたいへんなことを語っているのに、なんか表現がユーモラスなんだよなぁ。)
琉球の戦国時代にあたる時代が終わり、琉球王国によって統一された後、ある王の命令によって琉球中が武器を捨て、それからしばらく平和な時代が続いた後に薩摩の侵攻があった、という話です。

薩摩の支配を受けるようになった後の琉球の王で「武力で負けても、文化で勝とう」と呼びかけて様々な文化や芸能の奨励をした方がいて、そういう空気を背景に沖縄の文化の発達したということも書いてありました。

そして、その薩摩侵攻の話を語った人は、「今の薩摩は、昔沖縄をいじめたつぐないに色々やってくれているし、お隣の県ということでむしろ親しみを持っている」というような意味のフォローをまず言ってから話しはじめていました。

沖縄で空手が発展したこと、ハブデービル親方の「ハブと沖縄空手の共通点は、自分からは攻撃しないことだ」というセリフ、そして沖縄で文化が発達した話、全てがつながっているように思えたのでした。

長くなってしまいましたが、話はここで終わりません。

琉球王国は、明と薩摩の二重支配を受けるという歴史があったわけなのですが、
その琉球王はといえば、三山時代に有力な支配者同士が互いに闘って相手を呑み込み、その勝者が内部抗争を繰り返して覇権が移っていった、その最終的な勝者だったということになります。
さらに言えば、八重山諸島の島民は、その琉球王国の支配を受けていました。
この視点から見ると今度は被害者が加害者になるわけです。
なんかもう、歴史のさわりのところをちらっと見ただけでも、ちょっとやそっとでは消化しきれません。(ここまでですでに消化しきれないから、今回は意図的に第二次大戦のあたりの史跡には訪れておりません。)
どこの国の歴史もそんなもんだと言われればそれまでなんですが。それでも。そして。

そして。沖縄の人々は踊るのだなぁ……。

と、いう感慨まで、実は『琉神マブヤー』を見ての感想です。

いかん、なんか不必要にやたら難しい話にしてしまった。

たまたま旅行中あちこちで見かけた郷土資料とか聞きかじった話とかの断片が、帰宅後このDVDを見たときに、パズルのピースのような感じではまっていっての、こんな感想です。(いや、はまってないか。)

大人が見ると地味に奥が深いと感じたりはするかもしれんけど、本来は子ども向けのとても楽しい番組です~。
BGMの沖縄音楽とか、戦闘シーンでマブヤーがパンチやキックを出すときの掛け声が「イヤ! サァ! ソイ! ソイ!」とかなのもステキです。
郷土愛に満ちてます。

こんな感じで、物質的にも精神的にも、みやげ物(自分用)で膨らんで帰ってきたわけなんですが、最後に首里城公園内で嬉しいおみやげ画像が撮影できました。

美人のにゃんこさんです。
猫好きの方は、なごんでいってください。

首里城ネコ2 首里城ネコ4 首里城ネコ5
首里城ネコ6 首里城ネコ7 首里城ネコ8
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さて、前のログから2ヶ月近く間があいてしまいましたが、なにごともなかったかのように続きます。
(すんません、現実時間で年度末・年度始だったんです……。)

最終日になって、はじめて天候にめぐまれました。

最終日の朝1 最終日の朝2 最終日の朝3
最終日の朝4 最終日の朝5 最終日の朝6

沖縄の1月の晴天。ほっかいど民には眩しく、そして、なまら暑かったです……。

ホテルから空港までの連絡バスに乗り、空港のコインロッカーに大荷物を預けて、出発です。
利用交通機関は「ゆいレール」。
那覇市内を走る、たいへんかわいらしいモノレールです。

ゆいレール1 ゆいレール2 

ゆいレールの那覇空港駅に、シーサーいました。
改札の両側の壁にくっついた台座の上にいて、なまら可愛いです。
観光客みんな、足を止めて撮影してました。(我々もだ。)

ゆいレール空港駅シーサー1 ゆいレール空港駅シーサー2


ゆいレールでは、停車する少し前にオルゴール風の音楽が流れるのですが、それが駅ごとに異なる沖縄民謡のメロディなのです。
ただでさえ、沖縄民謡は心楽しくなるのですが、
「次は、どんな曲だろう?」
と、わくわくしながら聴くわけなので、楽しさ倍増です。
「谷茶前」とか「てぃんさぐぬ花」とか、知っている曲がかかると、さらに倍。
「安里」に停車するときは、「安里屋ユンタ」に違いない! と思いながら待っていたら、予想通りで大喜びでした。

窓からの眺めも、とても綺麗です。

ゆいレール3

たっぷり堪能して、終点の「首里」駅で下車しました。

おいシーサー1 おいシーサー

地上に降りていきなり、沖縄そば屋の前の「おいシーサー」に目を奪われます。
しかし、ここではあまり時間をとれないので、すぐにバスに乗って首里城へ直行。

園比屋武御嶽1 園比屋武御嶽3 園比屋武御嶽2
園比屋武御嶽石門。こちら世界遺産です。

世界遺産のことは、よく知らないのですが、「琉球王国のグスク及び関連遺跡群」の一つとして世界遺産に登録されているのは、「復元された首里城」ではなくて「首里城跡」なのだそうです。

すごい関係ない話ですが、「世界遺産」という言葉には、すごい違和感を覚えます。
その言葉が嫌いとか、抵抗を覚える、という訳では全然なく、ツッコミたくなるのでした。
「遺産」て、人類滅亡を想定したうえでの言葉ですよね。そういうつもりの命名なんでしょうね、やっぱり。

いや、もちろん生物ですから滅亡しない訳はないんですが、人類。
いつかは必ず滅亡しますよ、100%。
だから別にいいんですが。
自分達が滅亡したあとも、なんか残そうという気概はいいですよね、人類。

というわけで、ワタクシは「世界遺産」という言葉を聞くたびに
「人類って、いつか滅亡するよなぁ。」と、冷静に客観的にしみじみ思うんですが、そのへんで「世界遺産」という言葉を聞くとき、そういう意識で使われている感じがあんまりしないです。
だから、たぶん、ワタクシはこの言葉自体じゃなくて、この言葉の使われ方に違和感を感じているのだろうなぁ、と思います。
そんなアホなことをぐじゃぐじゃ考えているのはワタクシだけでしょうか。

まあいいや、どーでも。
はい、守礼門が見えてきました~。

守礼門1 守礼門2

いつごろだったか忘れたけどかなり昔、ウチの父が沖縄を訪れたときは、この守礼門が復元されたばっかりで、現地の方が非常に誇らしげに案内してくれたのが印象に残っているそうです。
本土や北海道でもそうですが、一時期自分達の郷土に劣等感を持ち、その後再び見直される、ということがあったと思います。
その、「忘れてたけど、やっぱり自分達の郷土ってイイ!」という気分がなんとなく高まりはじめたころに、守礼門が復元されたんじゃないかなぁ。
そう考えると、復元されたものは世界遺産というわけではない、といっても、やっぱり意味深く感じます。

首里城1 首里城2

首里城3 首里城4

首里城5 首里城6 首里城7

眺望よし。やっぱり高いところはいいです。

首里城シーサー1 首里城シーサー2 首里城シーサー3 首里城シーサー4

そして、やっぱりシーサー。

首里城8 首里城9 首里城10

あちこち余所見しましたが、やっと正殿に到着しました。

写真が多くなりましたので分けます。
次回、首里城内に入ります。
(まだ引っぱるか。)

首里城11
ちなみに、こっち側は工事中。

~続く
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