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2009.08.30 珍道中2009・9
さて、最終日です。

早朝、一人で散歩を兼ねて足湯の位置を確認に行きました。
たしかこっちの方角だったよなぁ、と思って歩いていると、近隣の地図が貼ってあったので見ました。
あらら、逆方向だった、と思って回れ右をしましたが、しばらく歩いても見つかりません。
部屋に帰ってνさんに報告すると、この辺に足湯は2つあるはずだというのでガイドブックの地図を見たら、最寄の足湯は最初に歩いていった方向にあるはずでした。逆方向の足湯は、すこし遠い方です。
朝食後、2人で近いほうの足湯をめざしたところ、地図が貼ってある場所を越えてすぐのところにありました。
アホです。

足湯で疲労回復して、部屋でνさんがいれてくれたお茶を飲んでのんびりしたあと、チェックアウト。

駅の自動券売機で2人分の乗車券と特急券を買います。
2人分とかのボタンは見当たりません。
お金を入れてボタンを押すと、機械音がウィ~ンと鳴ってしばらくしてお釣りが出、さらにしばらくして乗車券が1枚出ました。
ずいぶん時間がかかるなぁ、と思いながら、乗車券と特急券を1度に買うボタンがないか確認しましたが、やっぱり見当たりません。
しかたなく、次は特急券のボタンを押します。
機械音がウィ~ンと鳴ってしばらくしてお釣りが出、さらにしばらくして特急券が1枚出ました。

1人分の乗車券と特急券を買い終わったところで、ホームに特急列車がきました。
なんでじゃ~!!

あせりまくりながら、もう1人分の乗車券を買い、券売機に「遅い!!」と無意味に怒鳴りながら特急券を買い、1人分をνさんに渡して、うりゃあ! と改札を通って地下通路を走り抜けて、ホームに出ます。
まだ列車は停まっていたので飛び乗りました。
間に合った!

ギリギリセーフかと思いきや、それからさらにすこし経ってから列車が動き出しました。
???と思って時計を見たら、ふつーに発車時刻でした。
停車時間が長かっただけのようです。
朝から大荷物持って走っちゃったよ……。

松江駅のコインロッカーに荷物を入れて、本日のメイン・松江観光です。

まずは、ウサギのオブジェめざして宍道湖畔まで歩きます。
途中、何度か小雨がぱらぱら来たりしましたが短時間でやみ、湖畔まではなんとか天気はもちました。

宍道湖ウサギ1
宍道湖ウサギは、「2番目のウサギに触ると良縁が」みたいな話があるそうで、我々独身四十路女性2名はとりあえずそのウサギに触ってきました。
ジンクス壊しちゃったらスミマセン。
宍道湖ウサギ2 宍道湖ウサギ3 宍道湖ウサギ4
さらに、そのウサギにシジミの殻を供えるといいという話もあって、ふと見るとウサの前にシジミの殻が少々置いてあったけど、それは美観に問題が出るからやめた方がいいと思いました。
まあ、そんな話があってもなくてもウサギたん可愛かったです。

宍道湖ウサギを取り終わったあたりで本格的にザザ~~~っと降り始めたので、街中へはタクシーで戻ることにしました。
戻ってしまいさえすれば、他に見たいポイントは街中に密集しているから、少々降っていても徒歩で大丈夫です。
幸い、宍道湖畔の美術館(橋本関雪展を開催中だったので、時間があったら見たかった……)の前に客待ちしてるタクシーがあったので、たいして濡れずに済みました。

タクシーの運転手さんと会話してたら、運転手さんに
「松江市内の観光施設どうしの距離がもっと近かったら良かったんだけど、あちこちに散らばってるから大変だよねぇ。」
みたいなことを言われたので、ちょっと驚いて
「えっ? 我々は、狭い範囲に観光施設がたくさんあるから回りやすいなぁ、と思ってました。」
と答えたら、
「ああ、なるほど。ほっかいどから来たらそうでしょうねぇ。」
と納得されました。
住んでいる土地によって感じ方は違うものです。

と、いうわけで、最初に行ったのが小泉八雲記念館。
ここで、八雲記念館・武家屋敷・松江城の共通入場券を購入しました。
八雲記念館では、八雲が生まれたギリシャのレフカダ島に関する展示や、著作、遺品、直筆原稿などを見ました。
八雲が育ったのがアイルランドだからか、エンヤの紹介記事とかも掲示してありました。

八雲1
次に、記念館のすぐ隣にある八雲旧居に行ったのですが、ここには共通入場券では入れないので別に入場料を払います。
記念館と関連が深い施設で、すぐ隣にあるのになぜだろう。仲悪いんだろうか。とか思ってしまいました。

八雲4 八雲5

八雲6 八雲7
ここは、特に写真禁止ではないようでしたので、室内の様子や庭などを撮ることができました。
ほぼどの部屋からも眺めることができるようになっている庭は、八雲もたいそうお気に入りだったというだけあって非常に美しいものでした。
八雲がその庭を詳細に描写した文章とともに楽しみたいところです。
いかんせん、たいへん「夏に過ごしやすそう」な日本家屋で、冬の寒さに耐えられなかった八雲が住んでいた期間は短かった、というのも頷けます。
ほっかいどにこの家を建てたとしたら、住んでいる人は春を迎えることができないでしょう。
でも、こんなうちに住んでみたいなぁ、と思いました。(夏季限定)
八雲2
ここの庭には、高浜虚子の句碑もありました。
「くわれもす八雲旧居の秋の蚊に」……ちょっと脱力系で和みました。

武家屋敷を見てから昼食、と思ったのですが、八雲旧居と武家屋敷の間に蕎麦屋があったため、誘惑に負けてここで昼食。
場所がいいせいもあるのか11時台にして大盛況で、正午すぎだったら座席がないだろうという勢いでした。早めに入っておいて正解です。
三色割子そば、たいへんおいしゅうございました。
ただ、腹の減り具合を考えたら、五色割子にすべきでした。
胃に落ちた瞬間に、ジュッといってとけて消えました。

空腹が落ち着いたところで(いや落ち着いてないけど)、武家屋敷です。
屋内には入れませんが、障子などが開け放たれていて、庭から中のようすを見ることができます。

武家屋敷1 武家屋敷2 武家屋敷3
武家屋敷4 武家屋敷5 武家屋敷6
ここは、屋敷内の様子も面白かったですが、当時使われていた道具類の展示が興味深かったです。


盛り砂1 盛り砂2
武家屋敷で最も印象に残ったのが、この「盛り砂」です。
普段使っていない日本刀はよく切れないことがあるので、使用前には盛り砂に数回切りつけるらしいです。

最後に、松江城に向かいました。
幸い、雨は収束の方向に向かっていて、ときどき小雨がぱらぱら降る他は、だいたいやんでいました。
道すがら、お堀やその周りの松が非常に美しかったです。
「松」「江」と呼ばれるだけあります。
松江城1 松江城2
お堀を巡る遊覧船も乗ってみたかったなぁ。

松江城3
場内に入ってからの景色。
石垣の美しさ、見上げるばかりの木立の印象は、ヘタクソな写真では表しきれません。

松江城4 松江城5
例によって、城内には神社があります。
狛犬を見るとつい写してしまいます。
左の狛犬は普通ですが、右の狛犬は首が欠けていてびっくりしました。
よく見ると後足のあたりに首が。
ブロッケン伯爵と名づけました。

松江城6 松江城7
城内をややしばらく歩いて、やっと本丸です。
やはり城はかっこいいなぁ。ワクワクします。

中に入ると、まずは地階の井戸と倉庫。
篭城用の物資を貯蔵するためのものだそうです。
井戸は深くて、のぞきこむとかなり怖いです。

狭くて急勾配の階段を上ります。
一段一段の段差が大きく、我々より背も低くて足が短かったであろう当時のニッポン男児にとってはもっとたいへんだったことでしょう。
まあ、サムライだから鍛えてるか。

各階に、甲冑や武具、修繕の際に取り外されたかつてのシャチホコなどが展示されていました。
姫用の鎧を見た気がするのですが、ちょっと記憶が曖昧です。
武術の達人みたいな姫がいて、っていう解説があったような……気のせいかもしれません。
源平合戦のころの巴御前や板額なら伝説のアマゾネスみたいなもんかな、と思いますが、近世にそんな女丈夫がいて実際に使ったかどうかはともかく鎧が残ってたりするとしたらすごいと思うんだけど、どうもこの日の入力情報が多すぎてワタクシの脳が処理しきれていないっぽいです。
この件について何か御存知の方がいらっしゃいましたら、御一報ください。

(追記:ここで姫用の鎧を見たわけではなく、ここにあった面頬の中に「これは姫用かも」という感じの端正なものがあったのでした。
現存する女性用胴丸は、鶴姫の鎧と伝えられるものが一領だけ大三島の大山祇神社にあるという話で、この旅行中のどっかでその話についての展示パネルを読んだので、そのときの記憶がここに混入したようです。
ドラ猫さん、御指摘ありがとうございます。おかげで記憶の整理ができました。)

城主に関するエピソードなんかも展示されていました。
馬に乗ったお侍の像があって、時代を考えると馬格が立派過ぎるなぁ、と思ったのですが、解説を読んだら騎乗のお侍が14歳でした。
「幼くして功を上げた」ことを強調するなら、馬を大きくしてそれを表現するのは納得できます。
数えで14歳ってことは、満なら12歳くらいだろうからなぁ。
小さいお侍の名は松平直政。徳川家康の孫にあたります。
初陣だった大阪冬の陣で敵の間近まで迫り、敵将の真田幸村が武勇を讃えて軍扇を投じたという話でした。
「おぉ、あいつ、ちっこいのにこんなとこまで突っ込んできてやがる! 頑張るなぁ!」
とか思ったんでしょうか。幸村さん。

石落としも間近で見られました。
敵が近づいたら石を落とすためにここに待機してるのって、緊張するだろうなぁ。

天守閣の最上階は、たしか5階だったと思います(うろ覚え)。
松江城8
いい眺めではあったんですが、快晴だったらもっと素敵だったんだろうと思われます。残念。

天守閣から出て、城内の二の丸跡の茶店で休憩しました。
ぼてぼて茶というものが名物と聞いていたので頼んでみました。
泡だったお茶と、皿に入った赤飯、豆、細かく刻んだタクアンなどが出され、お茶に具を入れて飲むもののようです。
漬物を1ミリ角くらいに切るのは大変な労力だろうと思われて非常にせつないのですが、ワタクシ着色料とか気になって仕方がないヒトなんで、たいへん申し訳ないけど飯と豆だけ茶に入れて漬物は皿に残しました。ゴメンナサイ。
茶の分量が多いお茶漬けという感じで、コバラが減ってるときにはうってつけな感じのお茶でした。
コバラどころではなく空腹だったというのがアレですが、うまかったです。

松江駅に戻り、空港行きのバスの時間までお土産やさんなどを冷やかします。
駅のキオスクの酒売り場で『七冠馬』を探しますが、ありません。
駅直結のデパートの酒売り場にもありません。
「やっぱり専門の酒屋さんとかにしかないのかなぁ」と溜息をつくも、駅から出て酒屋さんを探す時間はありません。
νさんもワタクシも父さんが甘党なので、実家のお土産に『因幡の白兎フィナンシェ』を買って、駅前発空港行きバス乗り場に向かいます。

目的の出雲空港行きのバスより出発時間が後の米子空港行きバスが先にバス停に来てしまって、その場にいた乗客全員が混乱したりしましたが、なんとか無事に乗車。
帰りの飛行機めざして出雲空港に向かいました。

続く
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2009.08.23 珍道中2009・8
石見銀山は、観光目的の車の乗り入れ禁止だそうですが、エリアが広大なのでレンタサイクルを利用しようという計画をたてていました。
列車で移動中、雨が降ったりしてちょっと心配だったのですが、本降りにはならず。
行動中も、たまに通り雨がきましたが、それほど支障は出ませんでした。

大森代官所の近くのレンタサイクルで自転車を借りようとしたら、お店のおばさんがしきりに電動自転車をすすめます。
「龍源寺間歩まで、ずっと登り坂だから電動でないと苦しいよ。絶対電動の方がいいって。」
νさんは、すぐに「それじゃあ、電動自転車で……」という話になりましたが、ワタクシはなにしろ自転車乗りですんで、「普通の自転車でお願いします。」と食い下がります。
すると、おばさんいわく。
「今、学生さんの団体が来て普通の自転車は出払ってて、電動自転車しかないよ。それか、戻ってくるの待つか。」
先にそれを言え~!!
しかたないので電動自転車を借りる手続きをしたところに、普通の自転車を借りていった家族連れが帰ってきました。
νさんは電動のままですが、ワタクシは普通の自転車に変えようとしました。
すると、おばさんは
「絶対電動の方がいいって。そうだったでしょ?」
と、今帰ってきた家族連れに同意を求めます。
家族連れも
「きつかった~!」
という返事。
でも、地図で見ても5kmもなさそうだし、登り坂の傾斜だってたいしたことなさげだし、やっぱり普通の自転車に変えてもらうというと、おばさんは
「絶対きついと思うけど」
と言いながら差額の200円を返してくれました。
いや、普段あんまり自転車に乗ってない人にはきついだろうけどさ。
ワタクシ自転車で峠越えたりするのが趣味なんだってば。

というわけで、普通の自転車で行ってみました。
ママチャリだから普段乗っているクロスバイクにくらべてペダルが重いに違いない、ということは覚悟していたのですが、それは思っていたほどではなくて、ハンドルの位置の違いが予想外にキツかったです。
それにしても、電動にする必要は全く感じませんでした。

電動自転車に乗ったνさんは、「電動にして良かったです。」と言っていました。
しかし、それを実感したのが「最後の最後になぜだか突然電気が切れてしまい、そのとたんにペダルがとんでもなく重くなったとき」だそうです。
なんとコメントしたものか。

というわけで、龍源寺間歩です。

龍源寺間歩入り口
入り口。雨あがりですごく湿度が高かったせいか、画面が白っぽいです。
実は瘴気だったりして。

間歩内部1 間歩内部2 間歩内部3
内部は冷房が効いているかのように涼しかったです。
今はところどころ明かりがつけてあるけど、当時は真っ暗だったでしょうね。
当時の坑道を歩けるのは途中までで、そこから出口までは近代になって掘られた部分を通ります。

龍源寺間歩出口 小さい間歩出入り口1

出口です。近くに、もっと小さい間歩の出入り口もたくさんありました。
龍源寺間歩は、たくさんある間歩の中では比較的広い坑道だと思う(だから公開されていると思う)んですが、それでもすごく狭かったです。
今は立ち入り禁止になってる枝道とか、どうやって入り込んだんだろうと思いました。

林の中 佐毘売山神社 もみじ
間歩の出口から自転車置き場までの道のりが、また美しかったです。
佐毘売山神社は、鉱山の神様だそうです。

新切間歩 新切間歩の周り1 新切間歩の周り2
石見銀山で通常一般公開されている坑道は龍源寺間歩だけですが、他にもたくさんの間歩があります。
(曜日によっては大久保間歩にも入れるらしいです。)
ここは新切間歩の出入り口です。
見られるのは出入り口だけですが、そこまで景色を眺めたり川を渡ったり、アプローチも含めて楽しめました。

岩屋の中の五百羅漢は圧巻でした。
一体一体個性的な表情で、今にも話し出しそうです。
っていうか、夜誰もいなくなったら、ぜったいおしゃべりしてると思う。
隣同士で談笑してる感じの羅漢さん達とか、いかめしい顔だけど膝に猫科の動物(虎かな?)をはべらせてなでている羅漢さんとか(←νさんが気に入ってた)、きっと一体一体にエピソードがあると思うのですが、それを解説したパンフとかがほしいですね、って二人で話してました。
ワタクシは周利槃特のエピソード(すごく物覚えの悪い仏弟子で、どうしてもお経を覚えられなかったのを、お釈迦様が掃除をさせることを通して悟りを開かせたという話)が好きなので、ホウキを持って笑ってる羅漢さんがいないか探したのですが、ちょっと判別できませんでした。

石見銀山エリアでは、一番の見所である龍源寺間歩だけが離れていて、他の観光施設は大森の代官所周辺に多いので、帰り道にある羅漢寺に寄ったあとすぐに自転車を返しました。
レンタルの単位時間を越えそうとか、ときどき短時間だけど雨が降ったりしたこともありましたが、なにより道いっぱいに広がってのんびり歩いている観光客を避けながら自転車をこぐのがストレスだったからです。

レンタサイクルの店に戻って、時間を超過した分の料金を払おうとしたら、件のおばさんは
「いいよいいよ、途中で雨降ったし。」
と言ってオマケしてくれました。
案外いい人でした。

のんびり歩くことにしたのは正解でした。
大森の郵便局 郵便局の自転車 鬼瓦の位置に福の神
レトロな郵便局とか、そのレトロな自転車とか、その辺の民家とか、見てるだけで楽しかったです。

代官所前 代官所 代官所の門にあった巣
代官所の門の内側に、ツバメ(かな?)が巣を作っていました。
ヒナが口あけてて可愛かった。

代官所は、現在は資料館になっていました。
当時、銀山で働いていた人々は、30歳を迎えると長寿のお祝いをやったそうです。
……やっぱりなぁ。

途中、パン屋さんとか豆腐屋さんとか、おいしそうなものが売られているあたりでも誘惑に負けなかったのですが、駐車場近くの煎餅屋さんでは、あっさり白旗でした。
焼いてる匂いを漂わせるのは反則だよ~
とか言いつつ、すごく美味かったです。
職場にも、実家にも、自分にも、煎餅を買い込んで帰りました。

駅のキオスクで一分銀飴を買うかどうか迷ったのですが、νさんが買ったものを分けてくれて、おいしかったのでワタクシも買うことにしました。
そのキオスクの売り子のおばさんの受け答えががすごく丁寧で、レジに持っていった袋がすこし潰れ気味だからといってシャンとしたやつに取り替えてくれたり、もう買うと決めていったのに「おひとつどうぞ」と味見をさせてくれたりしました。
たいへん感銘を受けたものです。

しかし、帰りの列車は、またしても遅れて、夕食の時間をすこし過ぎてやっと帰り着きました。
毎日何かが遅れます。

この日の夕食は、島根和牛がメインで、やはり満腹&満足でした。
しじみの味噌汁も美味かったです。やはり宍道湖といえばしじみですね。

今日が最後のチャンス、とばかり、風呂は巨大露天風呂(混浴)へGO!です。
脱衣所が男女別になっていて、女性は花柄の巻き布が当たります。
内風呂から入ってすぐは小さいながら女性専用エリアで、申し訳程度のしきりの向こうの広大なエリアは混浴です。
「女性には巻き布が」という話は聞いていたので、νさんんと
「男性にも巻き布はつくんですかね?」
「女性と同じような胸から下全部を覆うようなのは却って変ですよね。」
「短くて腰を覆うようなのとかがあるのかな?」
などと話しながら入ったのですが、
男性は普通のタオルでした。
ケツはみでてるよ……。

カップルさんは、中で落ち合って一緒に漬かってて楽しそうでしたが、そうでない男性は男性側の出入り口近辺に所在無げにかたまっていて、ちょっとかわいそうな感じでした。

あと、女性専用エリアと混浴エリアの境界線付近に群れていたおばさんたちの中で最年長とおぼしきおばあさんが「ねえちょっと、ここまででいいって。ここまでにしよう!」と、混浴側に入ることを頑なに拒んでいたのが印象的でした。

広大な露天風呂の果てに、噴水状にお湯が吹き出ているところがあり、よさげな風情ので近づいてみようかと思ったら、そこに目立つカンバンがあって「湯温:70度」って赤字で書いてありました。
わかりやすく書いてあるとはいえ、たまに事故があったりしないんだろうか。ちょっと心配。

あがったあと、一緒に露天風呂に入ったはずのνさんが、
「そういえば、男性には巻き布あったんですか?」
と訊ねてきたので、「?」と思ったら、
νさんは脱衣室にメガネを置いてきたのだそうです。
思わず、
「なんでこんなチャンスにメガネかけてこないんですか!」
と意味不明なことを口走ってしまいました。

続く
3日目は、朝から出雲大社に参拝です。

出雲駅1
列車を降りて出雲駅を出ると、ひさしの上の方に出雲神話のイラストが描かれています。
正面は「国引き」でした。

出雲駅2 出雲駅3
「八岐大蛇」。
たしか、スサノオノミコトが大蛇と闘ってる最中は、クシナダ姫は櫛に姿を変えられてスサノオノミコトの髪に挿されていたような気がしますが。
でも絵に描いた方がわかりやすいからいいか。

出雲駅4
そして「因幡の白兎」。
旅に出る前、νさんが「『因幡の白兎』に出てくるワニってフカのことなんだけど、子供の頃わかっててもどうしてもワニ(アリゲーターとかクロコダイルの方)で想像しちゃって……」という話をしてたので、イラストのフカを見て二人で「あ、ワニだ!」と指差し確認してしまいました。

わりとオーソドックスでデフォルメの激しくないイラストを見て、思わず「萌え絵でなくてよかった……」と謎の感想を持ってしまいました。
何を怖れているのでしょう、ワタクシは。

さて、バスに乗って出雲大社に向かいます。

出雲大社 鳥居
鳥居の前では、みんなお行儀よく順番に記念撮影していましたが、
「誰もいない状態を撮影したい」という希望はさすがにワガママです。
写りこんだ人は申し訳ないけどモザイクをかけさせていただきました。

参道 因幡の白兎1 因幡の白兎2
歩いているだけでアリガタイ気持ちになれそうな参道を通ってすこし歩くと、『因幡の白兎』の像があります。
オオクニヌシノミコトとウサギの立ち位置の差が、ミコトのありがたさを醸し出しています。

νさんの素朴な疑問
「子どものころから思っていたんですが……♪大きな袋を肩にかけ~♪……の、大きな袋には、何が入っているんでしょうか?」
幾狭さんの答え
「……兄さん達の荷物を持たされていたんじゃなかったでしたっけ?」
「ああ、そうか! 長年の疑問が解けました。ありがとうございます。」

お礼を言われてしまったので大変言いにくいんですが……それで良かったんでしたっけ?(←じつはうろおぼえ)

神馬1 神馬2 神馬3
神馬の像がいます。
神馬だけあって、すごくハンサムです。

神馬と神牛 神牛1 神牛2
この神馬は、神牛とセットです。
神牛もやはり姿の良い牛でした。

幸魂奇魂 大国主命
そして、でかい金玉金色の玉の前でひざまづいて手を広げるオオクニヌシノミコト。

この金色の玉は、海を照らして依り来る神「幸魂・奇魂(さきみたま・くしみたま)」ですが、その正体はオオクニヌシノミコト自身の魂なのだそうです。

「やってきた神」が自分自身の魂。
謎です。
「その魂によってオオクニヌシノミコトに神性が養われ……」
わかったような気もするけどやっぱりわかりません。
ほっかいどは日本神話の「国生み」にも出てこない土地だから、そこで育った人間には理解できないのでしょうか。
はえぬきの内地の人ならわかるのでしょうか。
でも、ほっかいど民のワタクシは、日本神話のそんな不可解なところに、ものすごく心惹かれます。

仮拝殿 仮拝殿の注連縄
像に気をとられつつも、目標の拝殿にたどりつきました。
現在、遷宮の真っ最中なので仮拝殿ですが、仮でもやっぱりでかいです。
普通の神社で二礼するところを、出雲大社では四礼するそうで、その作法に従って参拝。
カミサマに失礼のないように、ということに気をとられて願い事をするのを忘れました。
ワタクシに「縁」は来ないでしょう。

おみくじもひいたので結果を書いておこうかと思ったのですが、おみくじをどっかになくしてしまったことに今気づきました。
けっこういい結果だったような気がするのですが。
ますます「縁」は来ないでしょう。

神楽殿 神楽殿注連縄 神楽殿注連縄上部
噂に聞こえた神楽殿の注連縄です。
巨大です。

ありとあらゆるものの巨大さに感嘆して、出雲大社を離れました。

早めの昼食は出雲蕎麦。
駅構内の蕎麦屋だったので、それほど期待していなかったのですが、すりおろした長いも(自然薯かな?)と蕎麦が絶妙に絡んで、たいへん美味かったです。

神様スポット(と美味い蕎麦)に元気をもらって、次なる目的地・石見銀山に向かいました。

続く
2009.08.23 珍道中2009・6
やってきた列車は、
目玉親父列車1
目玉親父列車でした♪
ライトのところが目玉になるようにデザインされてました。

目玉親父列車2 目玉親父列車3 目玉親父列車4
目玉親父列車の側面です。
なまらプリティです。

目玉親父列車5 目玉親父列車6 目玉親父列車7
内部です。壁にも天井にも目玉親父&鬼太郎がいました。

猫娘
こちらは、境港駅ホームの床にいらっしゃった猫娘さんです。
水木ロードのオブジェの方は怖い顔バージョンでしたが、こちらは美少女バージョンですね。

駅名表示1 駅名表示2
境港線は駅名表示も水木さんバージョン併記です。
住んでいらっしゃる方は、どんな感じがするのかなぁ、とも思いましたが、
(というのは、サッポロの地下鉄に、かつて「霊園前駅」があったのですが、いつのまにか「南平岸駅」に改名されていたりしたので。)
ときどき線路脇に体育座りしてこちら(イラスト列車)を眺めている地元の小学生とおぼしき子どもたちがいたりするんで、楽しんでいるのかな?

ネズミ男売店
米子駅(だったと思う)のネズミ男売店です。

道中もたっぷり楽しんだ後、米子駅で乗り換えて、安来駅で降車。
ここから足立美術館行きのシャトルバスが出ているのです。

14:20に列車が到着して、駅前から14:25のバスがあるけど、5分で乗りかえは無理だろう。
安来駅の観光プラザでその次の15:05のバスを待とう。
と思いながらコインロッカーに大きい荷物を入れて外に出たら、
14:25のバスがまだいた!
飛び乗りました。
今回の旅では、いろいろな交通機関に遅れられて困ったんですが、
このバスの発車遅れだけは大変助かりました。

足立美術館では、期待していた日本画はもちろん、童画もすばらしくて堪能してきました。
美術品は、もちろん撮影は禁止ですが、有名な庭園の方は撮れました。

足立美術館1 足立美術館2

ワタクシ、美術館だしと思って完全にカメラしまっちゃってましたんで、これはνさんが撮ってくれたものです。

帰りがけに安来の観光プラザ「アラエッサ安来」で撮った安来節人形です。
安来節人形2 安来節人形1
これもνさん撮影。

ここでνさんが、ワタクシにとって重大な発見をして報告してくれました。
島根のお酒「七冠馬」が、この観光プラザの売り場にあったのです。
噂には聞いていたのですが、シンボリルドルフのお酒です。
いらん解説(しかもうろ覚え)をすると、シンボリ牧場の初代及び2代目の社長さんは、島根の地主さんとその跡継ぎさんだったのでした。
初代社長さんという方は、跡取り息子をずいぶん小さい頃から社交の場にどんどん連れて行き、リベラルな感じの英才教育的な育て方をしたらしいです。
んでもって、2代目が「北海道で競走馬の牧場をやる」と言い出したときに、息子を信じて任せたそうで。
先祖伝来の土地財産を全部息子に賭けたら大当たり。
すごい親子だと思いました。
『巨人の☆』を円満にやった感じ。
そのシンボリの社長さん一族と縁のある造り酒屋さんが造ったのが「七冠馬」です。

売り場で「七冠馬」を見て大喜びだったのですが、そのときは荷物も多かったし、その後も島根県内に滞在するわけだから別のところでも買えるだろう、と思って見送りました。
ところがその後、なかなか「七冠馬」を発見することができず、安来の観光プラザで買っておけば良かった、と後悔しました。

宿に向かう列車が例によってまたすこし遅れてきたのですが、この日はそれほど影響なし。
夕食前の時間帯にチェックインできました。

その日とその次の日の宿は、美人の湯「玉造温泉」です。
これ以上美人になっちゃったらどうしよう。
玉造温泉1 玉造温泉2

と、いらん心配をするよりは、体重増加の心配をすべき夕食で、湖の幸を堪能しました。
満腹満腹で余は満足じゃ、でしたが、隠岐のときほど極端に大量ではなく、二人ともお腹は無事です。
とはいえ、その宿のウリである巨大露天風呂(混浴)を楽しむ余裕はなく、屋内の大浴場(御婦人)で温泉を楽しんですぐに上がりました。

部屋で布団の上にうつぶせにねっころがって本を読んでいたら、入浴後のお肌と髪の手入れを済ませたνさんが戻ってきて、通りすがりに
「えいっ」
と言いながらワタクシの足の裏をつま先でふにゃっと踏んでいきました。
すげーおかしくて笑いながら
「νさん、おうちで598(仮名・νさんの飼い猫)にコレやってるでしょう。」
と聞いたら、νさんは
「てろんと寝っころがってるにゃんこの肉球を見るとつい……
だそうです。
ハラかかえて笑いました。
ワタクシ肉球ついてませんって。

続く
2009.08.16 珍道中2009・5
というわけで、水木しげるロードです。

鬼太郎 目玉親父(入浴中) 水木先生執筆中
鬼太郎/目玉親父(入浴中)/水木先生執筆中

目玉親父 ねずみ男 猫娘
目玉親父・ねずみ男・猫娘

水木しげるロードの妖怪像は、『妖怪画談』とかで水木センセーの描かれたイメージの通りです。
センセーのデッサン力が凄いので三次元におこしやすいんじゃないかと思うのですが、それにしても像を作った人の腕もすごいなぁ、と思います。

猫又 烏天狗 獏
猫又/烏天狗/獏

 こなきじじい コロポックル 豆腐小僧
こなきじじい/コロポックル/豆腐小僧

べとべとさん さがり 小公園の泉4
べとべとさん/さがり/小豆洗い

死神 ぬりかべ ぬらりひょん 足長手長
死神/ぬりかべ/ぬらりひょん/足長手長

像自体も良いのですが、台座もすてきです。

ぬっぺらぼう1 ぬっぺらぼう2 雷獣1 雷獣2
ぬっぺらぼう(ロング)/ぬっぺらぼう(アップ)/雷獣(ロング)/雷獣(アップ)

小公園の泉も和みます。
小公園の泉1 小公園の泉3 小公園の泉2

水木しげる記念館は、外観と中庭を撮影できました。

記念館1 記念館2 記念館3


中庭3 中庭4 中庭5

中庭看板
中庭の看板がイイ味だしてます。

ものすごくたくさんの像があり、撮影できたものだけでも膨大なんで、ここを御覧の方々には一部しか紹介できませんが、我々は充分堪能して次の目的地に向かいました。

移動手段は、イラスト列車です。
鬼太郎列車・目玉親父列車・ねずみ男列車・猫娘列車の4種類のうち、どれに乗れるのかは列車が来てのお楽しみ。
わくわくしながら境港駅の改札を通りました。

続く
2009.08.16 珍道中2009・4
2日目は、朝8時台の高速船で本土に向かいました。
ほんとに、なにしに隠岐に行ったのでしょうか。

隠岐の狛犬 隠岐の狛犬2
たぶん、神社の狛犬を撮りに行ったのでしょう。

鬼太郎フェリー1
隠岐・西郷港にて。フェリーの船腹に鬼太郎たちが!

高速船レインボー2号
でも、我々が乗ったのは、こちらの高速船レインボー2号でした。

鬼太郎フェリー2
先に出航していた鬼太郎フェリーを高速船で追い抜くときに撮影。
座席は1階最前列どまんなか。窓のまん前に座れました。

途中、船内放送で
「これより、海洋生物の多く出没する海域に入ります。急停止、急旋回をする場合がございますので~云々(うろおぼえ)」
というアナウンスが入りました。
我々は地元の列車でよくかかる放送
「これより、野生動物の多く出没する地域を走行いたしますので~云々」
を連想し、カオを見合わせて笑いました。
「ほっかいどではクマとかシカで列車がとまったりしますけど、こっちではクジラが船を止めるんですね~」
「クジラやイルカに会えたらいいですね~」

残念ながらというか、さいわいというか、クジラには遭遇しませんでした。
これまでの文脈からナニゴトか期待された方はスミマセンでした。
この船につきましては、無事定刻に境港に到着しました。

境港駅 toilet.jpg
JR境港駅/すてきなトイレ表示

境港駅の一反木綿 鬼太郎ポスト 目玉の街灯
境港駅入り口の一反木綿/鬼太郎ポスト/目玉の街灯 

大荷物は境港駅のコインロッカーにつっこんで、出発。
の前に、ひとしきり文句たれタイム。

「なんか、こっちに着いてからずっと気になってたんですが……この辺、建物の出入り口の真ん前とかエスカレーター降りてすぐとかに立ち止まっちゃってる人が多くないですか?」
「それ、私も思いました。改札出たところとか、通路の分岐点とか、……しかも家族連れとか団体で。」
「やっぱり、ワタクシの気のせいじゃなかったんですね。今もいましたよね。ドア塞ぐ位置で地図開いて話し込んでた人たち。」
「立ち止まって相談するにしても、場所を選んでほしいですよね。フェリー乗り場の建物で、連絡通路に入ってすぐの床の上に大きい荷物をたくさん置いて、ででんと立ちふさがってた人たち。迂回しようがなかったから、荷物またいじゃいましたよ。」
「あれは、よっぽど蹴ってやろうかと思いました。観光客が多いせいでしょうかね。地元の人じゃないのかも。」
「観光客だと思いますけど、今までに行った他の観光地ではここまで頻繁に感じたことはなかったですよ。」

毒を吐いてすっきりしたところで、水木ロードの散策開始です。

続く
2009.08.15 珍道中2009・3
そして、グランドホステスさんは、先に立って走り出しました。
否やはありません。
我々四十路女性2名もグランドホステスさんを追って走りました。
大阪伊丹空港の廊下を。
人々の間を縫って。
ANAの到着口(南ターミナル)から11番搭乗口前を経由してJALの24番搭乗口(北ターミナル)まで。
……マラソンです。

なんとかかんとかたどり着き、ヘロヘロになって息をきらしている我々を気遣いつつ、グランドホステスさんは搭乗に必要な手続きをはじめています。
よく見るとその足元はハイヒールです。
「その靴で、あの距離を、あのスピードで走ったんですか~?!」
驚愕する我々に、はにかんだ微笑を返すグランドホステスさん。
その底知れぬ体力に、畏怖の念を抱かずにはいられませんでした。

待っていた隠岐空港行きの乗客の皆様の白っぽい視線を浴びつつ(遅れたのは滑走路のトラブルによる接続便の到着遅れのせいだってことは、説明していただけたんでしょうか……?)我々が乗り込むとまもなく、飛行機は定刻より若干遅れて離陸しました。
その後はそれ以上遅れが激しくなることもなく、隠岐空港に到着しました。

給油
乗ってきた定員80名のプロペラ機の給油のようすがなかなか印象的でした。

隠岐・島後です。
感想は……利尻島に似てる、でした。
利尻島に似てるけど、植物が南国っぽい。
人は未知のものに出会ったとき、既知のものの中で比較的近いものに当てはめてモノゴトを理解しようとするようです。

まずは宿にチェックインしました。
宿のお部屋係の従業員さん、言葉はていねいですが、ひとつひとつの案内口上の文末には、もう我々の方を見ずに次の動作に入ってしまっていました。
よほど忙しかったのでしょうか。
ちょっとしたことですが、けっこう気になります。
感じ悪いというより、従業員さん自身がそのことによって損をしているんじゃないか、という意味で。
ワタクシも気をつけよう、と思いました。

その後、余裕があれば後醍醐天皇とか後鳥羽上皇とかの配流先跡なんぞをめぐりたかったのですが、例のマラソンですっかり体力を消耗したため、しばし休憩。
部屋に置いてあったパンフレットを見ると、美しい景色の見られるスポットや、由緒ある史跡、魅力的な体験観光施設が島中にあるようなんですけど、疲労が激しいためパス。
なにしに島に降りたのやら、という感じです。

教訓:隠岐に行くなら日程は余裕をもって!

ばんごはん前になってようやく、翌日の船の乗り場の確認を兼ねて、港のあたりを散策しました。
サッポロやアサヒカワの出身者としては、道がまっすぐでないことと、道が直角に交わってないことが、ちょっとした驚きです。
橋を渡ってから道なりに歩いていたはずなのに、気づくと最初に渡った橋と平行にかかっている橋を渡っている。そんな感じでした。

神社の境内では、子供達が三角ベースをしていました。
ワタクシたちも小学生のときはよくやったもんで、たいへん懐かしいです。
昭和の夏休みみたいで、しみじみのどかでした。

それにしてもこの文章、観光案内的な意味では全く無価値ですね。
そういう目的で書いてるわけではないから別にいいんですが。

桶盛夕食

宿に帰って、本日のメインイベント・御夕食です。

宿のHPに「これ、ほんとに一人前ですか? と、よく言われます。」と書いてあったのですが、誇張ではありません。
日本海の海の幸が、てんこもりです。
むしろ、てんこもり過ぎです。
もうちょっと適量にしてくれ~、と言いつつ結局完食。
自分で適量の判断をするべきでしょう。大人なんだから。

部屋に帰ってすぐ、食休みと称して2人ともフトンにひっくり返り、そのまま爆睡しました。
ほぼ一日ずっと移動(含・マラソン)、慣れない暑さと効きすぎの冷房、トドメが食い過ぎ。
どうやら、けっこうなダメージだったようです。

しばらくして起きだして、フロに行こうということになりましたが、ワタクシどうも胃のあたりが気持ち悪くなっていました。
すると、それを訴えたわけでもないのに、νさんが胃薬をくれました。
そして、νさん自身も、胃薬を飲んでいます。

さんざんな一日のしめくくりがO田漢方胃腸薬
翌朝のもずく粥が、疲れた胃にやさしかったです。

続く
2009.08.15 珍道中2009・2
なんとかチトセ空港にたどり着き、搭乗手続きをして、予約してあった分の航空券・往復分を手に入れました。
乗り換えの飛行機は違う航空会社なので、大阪伊丹空港に着いたら隠岐空港行きに乗る前にまた別の手続きが必要なようでした。
乗り換えの時間に余裕をもって計画しておいて良かったです。
とりあえずチトセで昼食をとり、伊丹空港行きの飛行機に乗りました。

こんどは無事にνさんと隣同士の席に座り、目的地についたらの話やら以前の旅行の思い出の話やらに花を咲かせることができました。
そうこうしているうちに、伊丹空港に……着きません。
機内放送がかかります。

伊丹空港で、この飛行機が着陸する予定の滑走路の舗装の一部がはがれ、修繕中

我々の乗った飛行機は、そのまま大阪上空を飛び続けます。

隠岐空港行きの飛行機の搭乗手続きの時刻が近づいてきます。

「……乗り換えの飛行機、待っててくれますよね?」
「……そうですよね、飛行機だし。」
「……乗り換えたはいいけど、荷物積み忘れられたりしてたらヤですねぇ。」
「……あと、荷物だけ積みかえられて、我々が乗れないとかもヤですねぇ。」

しばらくして、機内放送が滑走路の補修が終わった旨を知らせます。
先に順番を待っていた飛行機から着陸が開始されるとのこと。

我々の乗った飛行機は、順番待ちのため、さらに大阪上空を飛び続けます。

隠岐空港行きの飛行機の搭乗手続きの時間は過ぎ、出発時刻が近づいてきます。
我々は、吾妻ひでお風の笑い汗を流しながら不安を募らせます。

「……違う会社の便だから待ってくれない、とかは、ないですよね?」
「……ないと思います。……たぶん。」
「……待てなくて出発しちゃった場合って、なんか代替の措置はあるのかな……?」
「……いや、待ってくれるでしょう。隠岐行きの今日の最終便だし。……たぶん。」

やがて、乗っていた飛行機の順番が回ってきて、隠岐行きの便の出発時刻のギリギリ直前に、なんとか着陸することができました。

急いで飛行機を降りると、空港の建物に入ってすぐのところで、グランドホステスさんがワタクシたち2人の名前を大声で呼ばわっていました
思わず2人とも手を挙げて返事をします。
するとグランドホステスさんは、我々に丁寧に謝りつつも断固とした口調でおっしゃいました。

「走れますか?」

続く
2009.08.15 珍道中2009・1
派手な警告音とともに自動改札機の扉が閉まった瞬間、ワタクシは戻ってきたキップを手に全速力でその場を離れました。

なぜだ! 交換してもらったとき、その場でキップは確認したはずだぞ!!
と思いながら再度キップを確認したところ、確かに指定したとおりの時刻になっていましたが、よく見たら日付がキップを購入した日になっていました
期限切れです。
なんでだよ~!?

ってことは、もしかして、νさんは1時間半前にアサヒカワ駅の自動改札機にひっかかってる?!

真っ青になってカバンから携帯電話を引っ張り出しましたが、着信履歴には何も入っていません。

落ち着いて考えたら、νさんに渡したキップのうち、乗車券とアサヒカワ-サッポロ間の指定席券は最初に文書で申し込んだものから変更していません。
日付を間違っているのが後から交換してもらった分だけだとしたら、彼女は改札を通れたはずです。
やれやれ。

そーいえばキップを交換してもらったときは口頭だったし、「何月何日の」ということは言わなかったような気が……。
いや、でも、アサヒカワからサッポロまでの(日付も時刻も正しいはずの)キップを見せて「これと同一の列車にしてほしかったのに違う列車になっている」という話はしたぞ。
それにそのとき口頭での説明になったのは、最初に書いた申込書がJRに提出済みで、こちらの手元になかったからじゃないか!
どっちかというと、JR側の過失だぞ!
そもそも最初の手違いがなくて申込書どおりのキップを渡してくれたら、こんなことにはならなかったはずだ!

というわけで、みどりの窓口へ行き、そちらの手違いでキップの日付が違います、と訴えたら、キップを取り替えてもらえました。
丁寧に謝ってもらったので
「こちらこそ、その場でよく確認しておけばよかったです。」
などと殊勝なことを言ったりしました。

さて、交換してもらったきっぷで無事に改札を通り、どうにか目標の車両に乗り込むことができました。
νさんはワタクシが座るはずの席に知らない人が座ったので不安そうな表情でしたが、ワタクシのカオを見つけるとホッとしたようすです。
事情を説明してνさんに渡した分のキップをみせてもらうと、やはり交換していないキップは正しい日付で、サッポロから先の分の指定席券だけがキップを買った日の日付になっていました。
推測どおりです。
とりあえずサッポロ駅で交換してもらった券を彼女に渡し、そのままだとワタクシの座る席がないので期限切れの指定席券を持って車掌さんのところに行きました。
本日3度めの事情説明をすると、丁寧に謝ってもらって空いている指定席に案内してもらえました。
丁寧な対応だったので礼儀上
「ワタクシも、その場でよく確認しておけばよかったです。」
と言ったところ
「そういえばそうだね~(笑)」
と言われました。
その通りだけど過失があった側が言うな~(笑)

そんなわけで、当初の予定ではνさんと隣同士の席で楽しくおしゃべりなどしながらこれからはじまる旅への期待をふくらませるはずだったのですが、げんじつには空港に到着するまでバラバラの席で黙々と移動するハメに陥ったのでした。
ついでに言うと、チトセ空港駅の改札を出るときに本日4度目の事情説明をしました。
既に疲れてます。

続く
2009.08.14 珍道中2009・序
8月10日より3泊で、山陰方面に旅行に行ってまいりました。
出雲神話と後醍醐天皇と後鳥羽上皇と水木しげると小泉八雲と日本画と石見銀山(と日本海の海の幸と宍道湖七珍と出雲蕎麦と島根和牛)の旅です。

同行者は、同じ住宅の上の階に住んでいる同僚のνさん(仮名・愛猫家)。
彼女は「猫は人語を解するか」に登場したスヌース機能つきにゃんこの飼い主で、四十路独身という共通項のためか仲良くしていただいております。一緒にクリスマス的なものを祝ったりとか。
一昨年と昨年は一緒に四国方面に旅行し、その土産話は、職場の同僚達の間で「珍道中」という愛称で親しまれております。

ところで、νさんは、インターネットで宿や飛行機の予約をしたりとかはできないし、時刻表を読んで列車の接続を考えるのもあまり得意ではありません。
ワタクシの方は、そういうのはわりと得意なんですが、自動車の運転が非常に苦手でして。運転の得意な彼女には、いつも世話になりっぱなしです。
ここぞとばかりに日頃の恩返しをしたいわけで、二人旅のツアーコンダクター役は、ワタクシが担当しております。

そんなわけで今回の珍道中は、実際に旅に出る数日前、ほっかいど内の空港まで移動するための2人分のJR往復乗車券を購入したときから、既に始まっておりました。

ふだん、1人分のキップを購入するときは口頭で済ませてしまうのですが、今回は若干ややこしいので、申し込み用紙に記入してみどりの窓口に並びました。

どうややこしいかというと、2人とも旅行の前日にいったんそれぞれの実家に帰ることになっていたので、当日はνさんがアサヒカワからチトセ空港までの直通列車に乗り、その列車が途中のサッポロで停車したときにワタクシが乗る、車内でスムーズに落ち合えるように隣同士の座席を指定する、という計画にしていたのです。
これだけなら問題はそう複雑にならないと思うのですが、なぜかアサヒカワからチトセ空港までの列車は、たとえ直通でも、アサヒカワからサッポロまでは「特急スーパーカムイ○号」、サッポロからチトセ空港までは「快速エアポート×号」というふうに、名称が変わるのです。
もう一度言います。同一列車なのに名前だけ違うのです。(くどいようですが、ここ伏線です。)

そんなわけで、必要な乗車券と特急券と指定席券と列車の発車時刻・到着時刻・列車の名前・号数をきっちり指定して用紙に書き込み、間違いがないように何度も確認しました。

自分の順番がきたとき、ちょうど若い駅員さんに当たったんで軽く不安を感じたんですが,わざわざ避けるほどではなかったんでそのまま申し込みました。
やはり新人さんだったらしく、かなり時間がかかったのですが、キップを購入することができました。

ところが、街中で別の用事を済ませて帰宅する前に念のためキップを確認したところ、注文どおりのものではないことが判明。
アサヒカワからチトセ空港まで直通の列車を申し込んだはずなのに、サッポロで下車して1時間待って別の列車に乗り換えるキップになっていたのです。
ワタクシが申込書への記入を間違ったわけでないことは、アサヒカワ-サッポロ間の指定席券とサッポロ-チトセ空港間の指定席券に駅員さんの筆跡で「同一列車」と朱書きされていることからも明らかです。

憤然としてみどりの窓口に並んだところ、ワタクシの念力が通じたらしく、今度は新人さんではなくてベテランの駅員さんに当たりました。
事情を説明したら丁寧に謝ってもらって、指定どおりの時刻のキップと取り替えてもらうことができました。
対応が丁寧だったので、
「こちらこそ、受け取ってすぐ確認すればよかったです。」
などと心にもないことを返したりしました。
手続きが終わったとき、ベテランの駅員さんがワタクシに目配せをしながら小声で
「若い駅員でした?」
と尋ねてきたんで、よっぽど隣の窓口にいた件の新人さんを指さそうかと思ったんですが、それもかわいそうだし、ただアイマイに頷いて済ませました。

同情せずに思い切り指さしてやれば良かった、と後悔したのは、旅行に出発する当日の朝。
サッポロ駅の自動改札機にキップを通した瞬間、ピンポンピンポンという派手な音とともに行く手をさえぎられたときのことでした。

続く
2009.08.10 うざい夢
知らない若い女の子に、なんか迷宮入りっぽい事件(詳細不明)の犯人扱いされてつきまとわれる夢を見た。

具体的にどんな話になってたかは思い出せないのだが、なんでそれが根拠になるの? という、なんだか理論を超越した推理によって彼女の中ではワタクシが犯人であることに決定したらしい。
別に、だれかが無実の罪に問われていて真犯人を探しているとかでもないようだった。

「みんなわかっちゃいないけど、わたしにはわかるのよ、あれの犯人はあなたよ」みたいなことを言われ、あまりにありえないので冷静にリロセーゼンと「そうではない」ことを言うのだが、相手はこちらの言葉をすべて自分に都合がいいように曲げて解釈して「ほらごらんなさい、やっぱりあなたが犯人なんだわ」みたいなことを言う。

周囲の誰も彼女の言うことを信じないし、警察が来て取り調べるとかそういう展開にもならない。というか、彼女があまりにもデンパなので通報しても相手にされてないようす。
実害は全くないんだけど、ただただしつこくしつこくしつこくつきまとわれて、ひたすらウザい。
痛くはないんだけど痒いかも。

という夢だったんですが……なんか、こういう風に夢に反映されそうな現実の事象が思い当たらない。
不安夢だったら、周囲が彼女の言うことを信じてワタクシを犯人扱いするという展開になりそうなんだけど、むしろ孤立してたのは彼女の方だったし、ワタクシ自身の反応も呆れて相手にしてない感じだったし。
謎です。
2009.08.03 初夏
ほっかいどがいちばんうつくしい季節の真昼に
ほっかいどでにばんめに大きな街の駅前通りを
ちいさなおじいさんと
ちいさなおばあさんが
歩いていた
速足で通り過ぎる人々の流れの中
エタイの知れないビルの森に
怯えた視線をさまよわせながら
道にまよったヘンゼルとグレーテルのように
しっかり手をつなぎあって
ゆっくり ゆっくり
歩いていた
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