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某月某日夕刻、帰宅中に近所の「レストラン」という店名の大衆食堂の前を通りかかる。

ちょうど家族連れらしき一団が、食事を終えて出てくるところだった。
そのうち、年配の男の人が、幼稚園児か小学校低学年くらいの孫とおぼしき女の子を連れて道路を横断し、レストランのお向かいのスナックに入ろうとしていた。
すると、レストランの前でワゴン車に乗ろうとしていた他の家族たちの中から、小学校中学年か高学年くらいの女の子が叫んだ。

「おじ~ちゃ~ん! スナック寄ってくの~?!」

おじいちゃんと妹孫は振り返り、おじいちゃんがうなずいたらしい。
姉孫がまた叫んだ。

「おじいちゃんったら~! 、買えなくなっちゃうよ~~!!」

夕闇の中、おじいちゃんはスナックの中へ消え、妹孫がとことことその後についていった。
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2009.05.10 春嵐2
というわけで、今朝。
昨日の風はすごかったし、夜のうちに雨も降ったみたいだし、咲きかけの桜は大丈夫だろうか、と散歩にでてみました。

↓風上がはげてる桜発見。
公園の桜090510_1

とはいえ、裏山の上の桜も、おおむね昨日よりは咲いてる感じでした。
公園の桜090510_2 公園の桜090510_3

↓裏の山に登る途中の道。ほっかいどらしくてよろしいのではないかと。
白樺1 白樺2

↓ほんじつのいきもの。
カタツムリ
雨上がりでカタツムリがやたらいました。

そして、こりずに隣の集落のソメイヨシノを見に行きます。
ほんじつは、風もすこし吹き弱り、扇も射よげにぞなつたりける。
もとい、自転車もこぎやすくなっておりました。
念のため、時間をはかってみたら、やっぱり30分で到着。
きっかり15分違います。
向かい風、おそるべし。

ソメイヨシノ090510_1 ソメイヨシノ090510_2 ソメイヨシノ090510_3
↑ソメイヨシノ、昨日より咲いています。

隣の集落のヤマザクラ2
↑ヤマザクラも。

↓そして、自宅裏の桜も、なんだか昨日より綺麗になっています。
裏の桜090510_2 裏の桜090510_3 裏の桜090510_4 裏の桜090510_5

そこで、今日は、自宅裏の物干しテラスでメシを食うことにしました。
物干し用ですごく狭いし、実際は虫が多くて洗濯物を干すことはできないので使ったことがなかったのですが、おりたたみの丸イス1脚と盆を載せた脚立はなんとか置けました。(さすがに一人用でもテーブルは置けなかった……)

サンドイッチとサラダとミルクティーくらいの軽食でしたが、
裏の桜090510_1 
↑こんな景色を眺めながらの朝食は、なかなかオツなものがありましたよ。

オマケ~本日のメニュー
・BLTサンドとピーナツバターバナナサンド。
・アボカドとニンジンとナガイモのサイコロサラダ、ドレッシングはマヨネーズに擂り胡麻と粉チーズと牛乳少々を混ぜたもの。 
アリモノでテキトーに作ったわりにうまかったので記しておきます。
2009.05.10 春嵐1
一昨日、仕事を終えて帰宅したら、桜が咲いてました。
連休中、陽気が続いて蕾もふくらんできていたとはいえ、この時期に開花とはびっくりです。
去年は雪解けも早くて、桜の開花も破格に早かったです。連休中にはもう咲いてました。
今年も、去年ほどじゃないけど平年と比べるとえらいこっちゃ春が早いです。

一昨日はすでに薄暗かったので、昨日の朝、写真を撮りました。
裏の桜2009.05.09_1 裏の桜2009.05.09_2
自宅裏の桜です。

南側に山があって日当たりの悪いウチの裏より派手に咲いてる木があったので、
散歩中に撮ったのが↓
よその桜2009.05.09_1 よその桜2009.05.09_2

これは、裏の山の上の方の桜も咲いているかな、と登ってみたら、ちょうど目の高さの樹上にエゾリスが。
エゾリス1 エゾリス2 エゾリス3

と、目移りしてましたが、山上の桜もちゃんと咲いてました。
公園の桜090509

こうなると、気になるのは隣の集落の山の上にある、この町唯一のソメイヨシノです。
自転車を走らせて、見に行きました。
たいへんな野次馬根性です。

ところが、この日はものすごく強烈な南風が吹いていたのでした。
南隣の集落までの8~9kmを普段は30分くらいで走るのですが、向かい風にあおられて、この日は45分かかりました。

よれよれになりながら山に登ったものの、ソメイヨシノはまだ一分咲きまでいかない五厘咲きくらいの感じ。
おまけに空が曇ってきて、写真にするとなんだかモノクロです。
まあ、それはそれで渋くていい感じかも。
ソメイヨシノ090509_1 ソメイヨシノ090509_2

以前から、ソメイヨシノとヤマザクラが同じ場所にあったらどっちが早く咲くのかなぁ、と漠然と気になっていたのですが、周囲のヤマザクラはもうちょっと咲いてるから、ソメイヨシノの方がすこし遅いのかなぁ、と思います。わりと予想通り。
隣の集落のヤマザクラ

この山に登ってると、ササノコがいっぱい生えてました。
ササノコ
これを見ると、『シグルイ』の蝦蟇剣法のくだり、
「ち……千加さまは……オノコ……」を思い出してしまいます。
いかんいかん。

帰宅後、食卓を窓際に寄せてメシを食いました。
窓際

そして、今朝。
……と思ったけど、画像が多いから分けることにします。

続く。
2009.05.06 地元満喫
ウチの職場もこの5日間せけんなみに暦どおり5連休だったのですが、年度末から年度始にかけての怒涛の日々の中で、この連休についての計画をたてる余裕は、すくなくともワタクシには無かったわけで、ふと気付くと「どこへ行こうにも、既に遅いぞ」という状態になっておりました。
せっかくの連休にどこにも行かんとは、という考え方もあるわけなのですが、ここんとこお疲れモードだし、無理して遠出して混雑に巻き込まれてよけい疲れるよりか、この過疎の町に引きこもってがっつり休養したほうがいいや、と思ったわけです。いや本気で。

というのも、玄関出てから徒歩3分くらいで
近所の林
もうこんな景色なんですよ。過疎の町。
都会に住んでる方なら、わざわざでかけるとこでしょう、こんな風景のあるところに。

母から電話があって、両親は水芭蕉を見にどこだかに泊まりで出かけたという話でしたが、ウチの近所ならそのへんの側溝にフツーに咲いてるんですよ、水芭蕉。
水芭蕉
まあ、側溝だから風情はないですけどね。

というわけで、ワタクシのこの連休のテーマはヒッキーです。
前半の3日はそれぞれ半日出勤してお仕事したあと、後半に至っては1日いっぱい、そのへんを散歩して町内をサイクリングして、あとはネット徘徊してお気に入りのサイトで小説やらマンガやら読んで不気味に一人笑いしてたり、自分ちのブログ更新したり、ああそういえば初日は大掃除もしたなぁ、と、そんな風に過ごしたのでした。

町内限定サイクリングといっても、町内広うございまして、隣の集落へ行くだけで10kmくらいあるんですよ。
だから、毎日20kmずつは走ったかなぁ。
ってことは、5日間で100kmですね。
散歩も、どこ歩いても森林浴なんでたいへん爽快でした。
天気が良くて、ほんとに良かったです。

1日目は、来週に迫ったカテイホウモンに備えて、クラス全員分のオタクの位置を確認して回りました。
移動の時間より迷子になってる時間の方が長かった気がする。いや気のせいじゃないぞ。
行っといて良かったです。

2日目は、隣の集落にある小さい博物館で化石見てのんびりすごしました。
受付で職員の方に「おや、センセー、教材研究ですか?」とか訊かれましたが、ただ単に見に行っただけです。
なんか見ててゆったりした気分になりますよね、化石。

3日目は、遅めに出勤してシゴトしてたら午後やや遅い時間になってしまったのですが、思いたってとなりの集落まで山菜採りにいきました。
ご立派なギョウジャニンニク様が、もう入れ食い状態であっちにもこっちにも生えてきてたんですが、あまり遅くなると熊が心配なんで、ちょっとしか採れませんでした。
ギョウジャニンニク(単体) ギョウジャニンニク(群生)
おひたしにして食ったらうまかったですよ。

4日目は、いつもよく散歩に言ってる山の、遊歩道から外れた裏側はどうなっているのか探検してみました。
分け入つても分け入つても青い山(山頭火)でした。
まだ青いというほどでもないか。浅緑の山でした。

最終日の今日は、山菜取りのリベンジに朝のうちから出かけました。
前々日は、国道沿いに自転車をとめて、そちらの方から山に登ったのですが、
「国道側のものは排気ガスをかぶってるから不味い」
という師匠(このへんに住んでるセートの母さん)の教えにしたがい、頂上を越えて裏側で採集しながら降りていって、山を迂回して自転車を取りに……という回りくどいことをしてしまいました。
そこで今日は、自転車で山を迂回して裏側から登りながら採集することにしました。
というわけで、山の裏側のふもとの風景です。
ふもと1 ふもと2

この青いのは、エゾエンゴサクです。食べられるそうです。
エゾエンゴサク

黄色い方は、ヤチブキです。食べられるそうです。
ヤチブキ
ちなみに、すがすがしい水辺に咲いているように見えますが、ここは水たまりです。

さて、お目当てのギョウジャニンニクは、ここの山道を歩いていてふとその辺の足元を見るとわさわさ生えていたりするのですが、あえて斜面に生えているものを狙います。
というのも、道沿いの木の根方とかに生えているのを見ると、どっかのおっさんが散歩中に立小便でもした可能性を否定できないような気がするからです。そのような事実はないのですが、可能性として。

「笹っ葉につかまれば登れるから」という師匠の教えに従い、いきなり斜面にとりついたところ、ふと気付くと九十九折の道をものすごいショートカットで登っているワタクシがいました。
どうどう。落ち着け自分。

九十九折の最初のくの字の道をまったく一直線にフリークライミングしたあと、今度はもう少しゆっくりいこうよ、明日は出勤日なのに筋肉痛になったらえらいこっちゃ、と思ったはずだったのですが。
なにしろ入れ食い状態なので、採りながら斜面を這い登っていると次々斜め上方に新たなギョウジャニンニク様が群生してらっしゃるのです。
もう、いったん降りるより、このまま笹っ葉につかまりながら斜面を登りきっちゃったほうが早い、と判断をくだし、そのまま登り続けたのですが、ワタクシ天性の方向音痴でして、笹をかき分けながら進んでいたらどっちが本来の道かわかんなくなってしまいました。

で、とりあえず山のてっぺんをめざせばいいや、と思って右斜めに見える頂上に向かって登りはじめたのですが、あとで落ち着いて考えるとこれがとんでもない判断ミス。
道が逆くの字じゃなくて、くの字になっているところだったのですから、右斜め上方めざしたら道と平行に登っていくことになるじゃあありませんか。
どうりでいつまでたっても本来の山道にたどりつけないはずです。
ついにそこから先の全行程、笹薮をこぎながら道なき道を頂上まで這い登るはめに陥ったのでした。

数日前にほっかいど内で、山菜採りに行って30mばかり滑落して亡くなった方がいらっしゃいますが、さもありなん。おめあての山菜に気をとられたらこんな状況になりがちでしょう。
ワタクシも、滑落はしないまでも、笹の切り株で目を突いてしまう危険は充分にありました。

それと、笹をがさごそかき分けながら、今その辺の道に人がいたら、すごく怖い思いをさせることになるだろうなぁ、などとも考えました。
熊鈴つけとけば良かった。そしたら、こっちも人間だってわかるだろうに、と。
幸い他に人はいませんでした。

無事頂上にたどりついたので、思わず山神に参拝。
山神
人間、ちょっとばかしクライシスに直面してそれを脱出した直後に神祇にお目にかかると、ふだん信心深くない人間でも自然に手が合わさるもんであります。

頂上付近に、この町で唯一のソメイヨシノが生えております。
このへんは、ソメイヨシノの北限をはるかに越えているはずなんですが、稀に例外というものは存在するものです。そんなわけで、この木は地味に町内で有名です。
ソメイヨシノ1 ソメイヨシノ2
ちょっとカンバンが無粋ですが、まあわかりやすいですよね。
蕾は↓こんな状態ですので、今月中には咲くだろうと思われます。
ソメイヨシノ3

こうしてめでたくギョウジャニンニクをgetして帰路についたのでした。
調子に乗って採り過ぎたので、いつもお世話になってるお2階の同僚ご夫婦に若干献上。
もう1軒のお2階の同僚νさんにもいつもお世話になってるけど、こちらは調理済みでない山菜の類はあまり喜ばれない予感がするので、おひたしにしてみてうまくいったらにしよう。

ばんごはんは、ギョウジャニンニク入りジンギスカンという、嗅覚的には最凶の部類に入るであろうというメニューでしたが、大変おいしかったです。

満足。
あるのがキョーイン。
あまり嬉しくない。

前の職場だ。
一人で夜遅くまで残業していると、甲高い声で笑いながら3階の廊下を走り回る子どもがいた。
あまりはっきりした声なので、ほんとにホンモノの子どもが入り込んでいるのかと思って3階に行ってみたが、真っ暗な無人の廊下があるばかり。
そんな時間にほんとに入り込んでくる子どもなんかいるわけないんである。
ショクインシツのある2階まで降りてくる気配はないし、実害はないので、放置していた。
出てきても「またかよ、うるせーな。」くらいなもんである。

ある日、同じようによく夜遅くまで一人で残業していることが多い同僚に
「夜中に3階の廊下から笑い声聞こえてくることってありません?」
と訊いてみたら、
「ああ、あれって、小さい女の子ですよね。」
という返事がかえってきた。

そんな感じでワタクシは「聞こえる」ことはときどきあるけど、「見える」ことはめったにない。
「目に見えた」現象として思い出すのは、10年以上前にさかのぼる。
あるいはむしろ、「見えなかった」ことと言うべきものなのかもしれない。

はじめての職場。
晩春の、うららかに晴れた真昼のことである。
空き時間にショクインシツでシゴトをしていた。
ふと見ると、その日お休みをとっている同僚の、無人の椅子の背もたれがカタカタ動いていた。
最初は、影が動いているのかと思った。でも、太陽が光源で影だけが動くはずはないし、目を凝らしてもやっぱり動いているのは椅子の背もたれ自体だ。
窓は閉まっていて風が入ってきているわけではないし、そもそも椅子の背もたれは風なんかでは動かない。
驚いて凝視していたら、隣の席の同僚に腕をつつかれた。
なにかと思って振り返ったら、その同僚はこっちを全然見ていない。
件の休んでいる同僚の席を、目を丸くして見つめながら指差している。
「ねえ、あの椅子……」

話はそれだけである。
隣の席の同僚と、同じものを目撃したことを確認して終わり。
休んでいたその席の同僚は、次の日、元気に出勤してきた。
続いて、職場であった話……に入る前に、又聞きの話を1本いれておきたい。
つい最近、仕事とは全く関係のない方から聞いた話である。

その方の娘さんは、中学生のときに一時期すこし不登校ぎみになってしまったことがあるそうである。
理由は、学校にいる霊が見えてしまうため。

実は、そのために不登校になってしまった生徒さんの話を聞くのははじめてではない。
もうずいぶん前になるけど、大学時代の友人から、彼女のつとめていた学校にいた生徒で、校門の前にうずくまっている人物が見えてしまってどうしても登校できない子がいる、という話を聞いたことがあったのである。
なんとか引っぱって学校の前まで連れて来ても、校門を見るともう怖がって泣き喚いてしまうので、どうしても校内に入れることができなかったのだそうだ。

年代も地域も違うので、同じ生徒の話を別々に聞いたものである可能性はない。
私が聞いたことがあるだけでも、そういうものが見えてしまうために学校に行きづらくなった生徒が2人は存在する、ということになる。

最近聞いたほうの話の娘さんの場合、その学校の先生の中に全く同じものが見えている人がいたため、学校側に理解してもらえたのだそうである。
担任も、自分には見えないけど信じる、と言ってくれたそうで、娘さんは本格的に不登校になることなく無事に卒業したという。

人づてに聞いた話なので、娘さんの学校の先生が本当に彼女と同じものを見ていたのかどうかはわからない。
うがった見方をすれば、先生の中で一人話を合わせる係を決めて対応したという可能性も考えられなくはない。その辺は直接面識がない人のことで判断はつかない。
ただ、話を合わせているだけなら辻褄の合わないことも出てくる危険性があるし、そうでなくてもあまり込み入った小細工はしないのが普通なので、その先生が実際に同じものを見ていたと考える方が、ワタクシにとっては自然だ。

高校生になった娘さんは、今でもやっぱり普通の人には見えない存在が見えたりすることがあるらしいけど、もうそういうものを見ても無視するようにしているのだそうだ。
「もう慣れちゃった」のだそうで。

この場合、明暗を分けたのは保護者や学校の対応だろうな、と思う。
もしかすると、かなり前に聞いた話の方では「校門の前の人」がよほど恐ろしい人で、最近聞いた話の方に出てくる「霊」はそうでもなかった、ということだったのかもしれないが。

ただ。
件の大学時代の友人は、その生徒の言っていることをまるっきりウソだと思っているわけでもない感じではあった。虚言かもしれないし、なにか心の病で見えるのかもしれないし、実際に霊がいるのかもしれないし、どの可能性もある、というスタンスで語っていたように思う。
しかし、すくなくともその生徒を「校門のところまで引っぱって連れてきた」という人(親だったか先生だったか忘れた)に関して言えば、その生徒の言うことを信じていなかったのだろうと思う。

最近聞いたほうの話では、「同じものが見える」という先生がいたというのはものすごく大きかっただろうし、担任など他の先生の対応も適切だったと思う。
話してくれた人(娘さんのお母さん)も「娘にはそういうものが見えるんだなぁ」と普通に受けとめているようだった。

妙なモノが見えてしまうことに「慣れちゃった」と言えるようになったのは、なによりも本人の努力によるものなんだろうけど、アタマから否定せずに「信じる」という人が近くにいるというのも、人間が強くなるうえで非常に重要なことなんだと思う。
2009.05.04 ウチのこと
ブログのカテゴリに「夢」と「やや怪談」を追加したところ、書けそうなネタを思い出した。しかも複数。
分けてみるもんである。

とりあえず、もとの実家の話をしよう。

現在のウチの実家は、ワタクシが大学に入学した年に建てたものだが、それ以前には昭和初期に父方の祖父が(文字通り)建てたという古い家に住んでいた。
怪談的なものの他にもネタ満載の妙な家だったのだが(隠し階段、からくり廊下、謎の地下室、行けない隣室、等)、とりあえず怪奇現象のみ。

当時の実家に客が来ると、仏間に泊まってもらっていた。
客は、たいてい父方の親戚である。
稀に父方の親戚以外の人が仏間に泊まると、金縛りに遭っていた。
当時は金縛りに遭う人の共通点に気付いていなかったので、「ここたまに金縛りになる人いるんだよねぇ、霊感強いのかな?」くらいに考えていた。
今考えると、けっこうひどい。

まあでも、日当たり悪くて昼でも暗かったり、特大の仏壇があったり、鴨居の上から祖父の祖父母の写真が見下ろしていたり、なんかそういう仏間の雰囲気が気分に影響してるところもあったのかもしれない。
父方の親戚には何事もなかったことの説明にはまるでなっていないが。

小学生くらいのころ、トモダチが遊びに来るとときどき「なんか出そうな家」とか「どっかに死体がかくれてそうな家」とか言われることはあった。
ワタクシの部屋の柱の前を指差して、ズバリ「そこに立ってる」とのたまったトモダチもいた。
要するに、なんとなくそんな雰囲気の住宅だったのである。
しかし、住んでいる我々は特に金縛りに遭うこともなく、別になにか見てはいけないものを見てしまうこともなく、普通に暮らしていた。

ただ、ときどき聞いてはいけない音を聞いてしまうことは、ワタクシに限って言えばあった。

ワタクシの部屋は階段の突き当たりにあったのだが、夜ひとりで机の前に座っていたりすると、階段を上ってくる音が聞こえるてくることがあった。
階下にいる祖父は(達者ではあったが)高齢で階段はのぼれない。2階の家族に用があるときは、階段の下で金属の手すりをガンガン叩いて呼んでいた。
他の家族は2階の別の部屋で寝ている。トイレなどで階下にいく場合は、先に階段を下りていく足音も聞こえたので区別はついた。

夜中の足音はいつも階段の途中で消えて、部屋の前までこられたことはない。

小学生くらいのころ、ひとりで留守番をしていたら、隣の部屋から大勢の人が小声で話している声が聞こえてきたことがあった。
びっくりしてその部屋のドアを開けたら、急に静かになった。
当然隣室には誰もいなかった。

幸い、そこまで明瞭に怪しい物音を聞いたのは、その1回きりである。

聞こえることがあるといっても、まあその程度ではあった。

と、思ったけど、よく考えたら家族とそういう話をしたことがないので、他になんかあったかどうかはわからないのであった。
ほんとにその程度だったんだろうか?
2009.05.03 夢らしい夢
ずっと「ラビリンス」をかけはなしにしてたせいか、スティングの出てくる夢を見てしまいました。

彼が持病のシャク(←そのような事実は無い)でナンギしているところに遭遇し、病院に電話をかけようとすると、番号を書いたメモを渡されます。
これはかかりつけの病院の番号かなと思い、なぜか家の電話から(いつものように携帯が不携帯だったらしい)かけるのですが、どうしても正しい番号にかけることができず、どうしようどうしようと焦っています。
そして、メモを見直すたびに、そこに書いてある数字が違うのです。
確認のために行ったり来たりしているうちに、いつのまにか場所が変わって、アサヒカワ時代に住んでたアパートの駐車場にいます。
除雪されたあとにたくさん車が駐車してあるのですが、一台だけ半分雪に埋っています。まるっこいかわいいフォルムの小さくて真っ赤な(多分ドイツ製の)車で、その車の周りだけ残して除雪機で雪をはねたあとがあります。なぜかそれが彼の車だとわかります(←そのような事実は無い)。
ああそうか、この車が置きっぱなしだから、ここだけ除雪できないんだな。ものすごく高価そうだから、除雪機がこれ以上近づけないんだ。と考えます。

以上

んで持病のシャクはどうなったんだ?
そして、スティングである必然性は全くないなぁ。
謎の夢ですが、部分的に妙にリアルです。
携帯不携帯だったり、置きっぱなしの車のせいで除雪できてなかったり……(←除雪できないのはワタクシの車のせいだったんですが)
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