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初恋の馬でした。
今、なにもする気おこらん……
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2010.10.24 菊花賞中継
すごく久しぶりに競馬中継を見た。
なぜ久しぶりかというと、ウチにテレビが無いからで、
なぜ中継を見たかというと、今日は実家に行っていたからだ。
そして、たまたま今日は菊花賞の日だった。

就職してから10年くらい実家にいたのだが、その頃からほとんどテレビを見なくなっていた。
なぜなら、実家は常時テレビをつけっぱなしの家で、うんざりしていたからだ。

アサヒカワで一人暮らしをはじめるにあたって、テレビは要らんと思ったものの、親から
「それ以上ヨノナカの常識がわからなくなってどうする。ちゃんとテレビを見なさい。」
と説教され、まあ競馬中継くらいは見るか、と思い直して一応買ってみた。

しかし、買ったはいいけど、ほんとにまったくテレビを見ない。
競馬中継すら見なくなった。

なぜかというと、サッポロに住んでいたころは、近くに競馬場があったので、けっこう毎週のように通いつめていたのだが、中央競馬の競馬場や場外馬券売り場の無いアサヒカワに引っ越したころから、ぱったりやらなくなってしまったからだった。
インターネットで馬券を買って中継を見ることは可能だったが、それだと臨場感が無い。
できることなら競馬場で馬を応援しながら観戦したいし、それが無理でも少なくとも周囲に不特定多数の客がいて同じ画面を見て騒いでいる場所で馬券を握り締めて観戦したい。

そんなわけで、せっかく買ったテレビもコンセントすら抜きっぱなしのまま何年も放置し、あげくのはてに売り払ってしまったのが数年前の話だ。

前置きが長くなった。

実家はギャンブル一切不可の家で、誰も競馬中継なんぞ見ないのだが、なにしろ常時NHK様がかけっぱなしである。
ふと居間へ行ってみると、テレビに菊花賞のパドックが映っていた。

懐かしいなぁ、やっぱりサラブレッドは美しいなぁ、と思いながら見ていたが、
ワタクシが馬をやっていたころとはすっかり世代が交代してしまっているし、
ウオッカやディープインパクトといった一般紙に名前が大きく載るようなスターホースもいないようだったので、
出走メンバーを見てもさっぱりわからない。

しかし、つらつらと馬名を見ていたら、やたら懐かしいひびきの名を持つ馬がいた。
ローズキングダム。
「これ、ぜったい薔薇一族の馬だ~!!」
と思って、新聞の競馬欄を見たら案の定、母名に「ローズバド」とあった。
父名の「キングカメハメハ」も懐かしい。
そして、主な競争成績を見る。

ダービー 2着。

吹いた。
まさにローズバドの息子。
典型的な薔薇一族の一員である。

あっ、でもこの子、もしかして朝日杯を勝ってる?!
薔薇一族なのに! すごいすごい!!

番組が進行して、ローズキングダムが紹介され、母馬ローズバドの主な競争成績が画面にあらわれる。

オークス 2着
秋華賞 2着
エリザベス女王杯 2着

笑いが止まらない。
いいから。みんな知ってるから。

好きだったなぁ、ローズバド。
気の強いサンデーサイレンスの娘達はたいてい好きだけど、
ちっちゃくて真っ黒い彼女は容姿の面でもお気に入りだった。
後ろの方からすごいスピードでラストスパートかけて、でも最後の1頭が追い抜けないレースぶりも愛しかった。
名前も綺麗で大好きだった。
勢い余って、当時書いてた小説のヒロインにローズバッドって名づけてしまいましたよ。
主人公の少年をふりまわす、可愛くて暴れん坊の黒人幼女役でした。

返し馬の映像。
綺麗な足取りの馬、コメディアンみたいな走り方の馬、汗だくの馬、落ち着いた馬、そっくりかえって走ってる馬、と、それぞれ特徴があって面白い。
知らない馬ばかりなのだが。

レースは、コスモラピュタの大逃げではじまった。
逃げ馬は華やかで好きだ。
まさか、そのまま逃げ残る? と思ったくらいコスモラピュタは粘っていたが、最後の直線で好位につけていたビッグウィークにかわされた。
でもコスモラピュタは、最終的に5着に残っていた。えらいぞ。
そして、次々と他馬を抜き去りながら迫ってくるローズキングダム。
でもビッグウィークに追いつけないローズキングダム。

1着 ビッグウィーク
2着 ローズキングダム

あまりのお約束ぶりに、やっぱり笑いが止まらない。
さすが薔薇一族の一員!
さすがローズバドの息子!!

そして、ふと見ると、伏兵ビッグウィークの騎手は、谷水さんちの勝負服を身に着けていた。
ってことは、タニノタバスコの馬主さんちの馬かぁ。

と思ってたら、アナウンスが、ビッグウィークはウオッカと同じ谷水氏の持ち馬である、と紹介した。
そうでした。
ここではダービーを父娘制覇した、タニノギムレットとウオッカを思い出すのが正しい競馬ファンのありかたでしょう。

でもワタクシが谷水さんの馬と言われて反射的に思い出すのはタニノタバスコだ。
誰それ? と言われてしまいそうな、ただのオープン馬。
でも大好きだった。
パドックで首を弓なりに曲げて、弾むようにトロットしてた真っ黒い馬。

勝ったビッグウィーク陣営の様子が映される。
馬主さんと、騎手が喜びで抱き合う。
背の高い関係者と小柄な騎手が抱き合うシーンは、絵面が可愛いのでなんとなく好きだ。
(発想がちょっと腐り気味かもしれない。)
調教助手か厩務員らしい人と、競馬学校の生徒っぽい少年が、両側から馬の口をとっている。
みんな嬉しそう。特に、少年は満面の笑顔だ。
誇らしいだろうなぁ。

しかし、久しぶりで、馬券を買ってるわけでもなくて、ろくに知ってる馬もいないのに、
これだけ楽しめるってのもすごい話だ。
競馬はあなどれない。
2009.01.20 馬上写真
マイグロリア号(2歳になったばかり)

先日、ニイカップ町に馬に乗りに行った。
今回は「馬上写真」に初挑戦だったので、記念にUPしておく。

ニイカップ町には、列車で行った。
トマコマイ駅でヒダカ本線に乗り換えるのだが、車体がかの「優駿浪漫号」(鈍行)であったので、思わず撮影。
優駿浪漫号

ニイカップに着いてびっくりしたのが雪の少なさである。
こちらは、今回お世話になった、ホロシリ乗馬クラブ前の道路。1月中旬なんすか、これで?!
これがウチの近辺と同じほっかいど内なのかと思うとたいへん不思議だ。
日高路1 日高路2
地元の方にうかがった話では、たしかにヒダカは雪の少ない地域だが、ここまで少ないのは珍しいとのことであった。

さすがに馬場は積雪があった
馬場 蹄跡
ので、レッスンは覆馬場(屋内馬場)で受けた。

実はワタクシは、ブリティッシュ式の乗馬だとカケアシがかなりあやしい。
カケアシの稽古に入ったあたりで交通事故にあってしばら乗馬をく中断し、そのまま交通の不便な土地に転勤になってますます疎遠になっていたためである。
ウエスタン式の乗馬なら、久しぶりに乗ってもお馬様になんとかカケアシになっていただくことが可能なのだが、ブリティッシュのカケアシ発進の合図はちょっとややこしいので忘れてしまうのである。
今回は、稀にしか来られないわりにはかなりきっちりカケアシの稽古ができたのだが、発進の合図については、おうまさんがインストラクターの顔色を見て「ああカケアシすればいいのね」って判断して出してくれたのではないかと思われる。たぶん。
次回に期待。

さて、レッスンの後は、お楽しみの外乗だが、冬の山道は足場が悪いので、ナミアシで散歩するマイルドなコースにしておく。
(※ワイルドなコースを楽しみたい場合には、アバシリ某所のノーネームランチに行くことにしている。)

そこで本題の「馬上写真」である。
ワタクシのデジカメは、「売り場で一番耐寒温度が低いもの」というのを基準に購入したため、SHOCK+WATERPROOFがウリの頑丈なものである。これなら万一落としても大丈夫ということで、ポケットに入れて馬に乗った。

馬上写真1 馬上写真2
こんな具合に馬のうしろあたまが画面に映っていて、なおかつ遠景が綺麗に入ってくれると嬉しいのだが、うしろあたまを入れようとするとつい地面を映してしまう。
そして、遠景を撮ろうとすると馬のうしろあたまがはいらない。
馬上写真3 馬上写真4 馬上写真6 馬上写真8

構図の問題の他、ゆれる馬上で片手で撮影するのでボケボケになってしまったり、写真に気をとられているとおうまさんがその辺の道っぱたからお弁当をGETしようとしたり、同じく写真に気をとられている間に手放し運転できるイージーな道から樹木が密生していて勾配の急な道にいつのまにか踏み込んでいたり、なかなかうまいぐあいに撮れるものではない。

今回は比較的まっとうに撮れたのでこの程度↓。
馬上写真5 馬上写真7

たいへん難しい。
次回に期待。

外乗から戻ったところで、インストラクターのおねえさんが記念撮影をしてくださった。
馬上の自分などはめったに撮れないものなので、ついでにUPしておく。(モザイクは気にしないでください。)
馬上写真9
なんか、旧日本軍の騎兵のようで笑えた。

下馬後、去っていく馬のうしろすがたがキュートだったので撮影。
下馬1 下馬2

久しぶりの稽古で翌日は激しく筋肉痛になり、鉄人28号のようなあやしい動きになったりもしたのだが、それはそれとしてたいへんたのしかった。
余は満足じゃ。
週に1回くらいのペースで、馬に乗りに出かけていたことがある。

サッポロに住んでいた頃で、行き先はたいてい早来町の「ノーザンホースパーク」。
当時、乗馬クラブに所属しないビジター騎乗でもけっこういいレッスンを受けられる施設の中で一番じぶんちから近いところがノーザンだった。
千歳空港までJRの快速エアポート号か、地下鉄大谷地から出てる高速バスで行って、そこからノーザンホースパーク行きの無料送迎バス。

けっこう無茶な支出だが、当時の仕事はバイトにしては破格にすばらしい給料で、そのころは実家に部屋住みの身(家賃は入れてましたが)のうえ、他に金を使うといったら本くらいなものだったので、そんなゼイタクもできたのである。
いや、現在でもその程度の交通費で往復時間もその程度で済むなら、同じように乗馬に通いつめてると思う。

ノーザンは夏季は基本的に入場料がかかるのだが、予約騎乗の場合はそれが免除される。
通っているうちに送迎バスに入場料の集金にくるおじさんと顔見知りになったのだが、おじさんはワタクシのことを、週末だけ働きに来てるバイトの人だと思っていたそうだ。

で、ここから本題。

ある日、いつものようにノーザンの厩舎に行くと、ワタクシに割り当てられた馬はいっしんに飼い葉を食んでいた。
それでも、ワタクシが馬房の入り口に立って馬の名を呼ぶと、彼は振り向いてくれたので、手にしていた頭絡を振って声をかけた。
「お仕事だよ~。」
すると、馬は食事を中断して歩み寄ってきたばかりか、頭絡の中に頭をつっこんで自ら装着してくれたのである。

閑話。
その馬の名は「将軍」といったので、乗馬後の手入れのとき戯れに「上様、お顔をおふきいたします。」と言いながら顔を拭いたら、そばにいたインストラクターのお姉さんが「では、次はおみあしを……」と続けてくれた。さすが天下のシャダイグループ、と妙なところで感心したものである。
閑話休題。

また別の話。
サクラエイコーオーという競走馬がいた。
デビュー戦の逸走(コーナーを曲がらず直進)で一躍有名になった馬だ。
そんなキジ○シな馬だが、GⅡの弥生賞を逃げ勝っている。
気性難の素質馬で、しかも逃げ馬というのは、実はワタクシの好みのストライクゾーンのそのまたどまんなかである。
追っかけていたらGⅢ七夕賞でおおあなをあけ、ワタクシに万馬券をプレゼントしてくれた。

引退後、新冠か静内あたりの牧場で乗馬になったというので、自転車に乗って彼に会いにいったことがある。
その日はたいそう暑く、エイコーオーは小屋の陰で涼んでいて、牧柵の前で待っているワタクシに近づいてくる気配もないまま、見学時間の終わりを迎えようとしていた。
そこへ颯爽とあらわれたのが担当厩務員の陽気な白人のオニイチャンだった。
エンジンの音も賑やかにトラックで乗りつけた彼は、ワタクシがエイコーオーのファンだと知ると、派手にクラクションを鳴らしてエイコーオーを呼び寄せてくれた。
「サラブレッドは臆病で神経質なので大きな音を出してはいけません」は、どうやらニッポンローカルの話らしい。(でも通常は、このルールを守ってくださいね。)

栄光王 栄光王とツーショット

そのうえ、エイコーオーとワタクシのツーショット写真まで撮ってくれた。
エイコーオーの鼻息を耳元に感じながらシャッターが下りるのを待っていると、厩務員氏は言った。
「エイコーオーは優しいけど、クチはウルサイ(=噛み癖がある)から気をつけてね。」
……先に言ってくれ。

栄光王(ハンサム顔) 栄光王(変顔)

さて、この記事について言えばエイコーオーの話は前フリである。
このあと、担当厩務員氏は、親切にも下の厩舎にどんな馬がいるか教えてくれた。
「サクラ○○オーと、サクラ××オーと、サクラ△△オーと、サクラケイザンオーと、サクラショウリがいるよ!」
サクラケイザンオーですと~!?
ワタクシは彼に礼を述べると、脱兎のごとく厩舎に向かった。
すると、馬房の中で飼い葉を食べていたサクラ○○オーとサクラ××オーとサクラ△△オーとサクラケイザンオーとサクラショウリは、「なにごと?」という感じで一斉に厩舎の窓から顔をだしてワタクシの方を見た。
その中にお目当ての顔を認めたワタクシは、彼の名を呼んだ。
「ケイザンオー!」
すると、他の4頭の馬たちは「ああ、ケイザンオーの客か。」という感じで顔を引っ込めて食事を再開し、ケイザンオーのみが「なんか用?」という感じで窓から顔を出していた。
そこでワタクシはケイザンオーにセントライト記念でローゼンカバリーの2着にきてくれたお礼をいい、当時まだ現役だった彼に「これからもがんばってね」と言って立ち去ったのだが、彼はワタクシの話をずっと聞いていてくれたばかりか、立ち去っていくワタクシが見えなくなるまで馬房の窓から顔を出して、ずっと見送ってくれていたのである。

慶山王 見送り慶山王
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